2017.08.04Friday, August 4, 2017

MIKIKOの演出術「気持ちをハモらせることに時間をかける」(前編)

MIKIKO
演出振付家
菅野薫
株式会社電通 CDC/Dentsu Lab Tokyo エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター/クリエーティブ・テクノロジスト

GINZA PLACEの「common ginza」を舞台に、さまざまなジャンルのつくる人たちを招いて「トークイベント+α」を発信していく「パノラマトーク」。第3回は「『演出振付家』という仕事、MIKIKOの演出術とは?」というテーマで、「恋ダンス」からリオ2016大会閉会式東京2020フラッグハンドオーバーセレモニーまで、国内外で幅広い活躍を続ける演出振付家のMIKIKOさんと、MIKIKOさんと一緒に数多くのプロジェクトを手がけ、最先端のテクノロジーで広告やアートシーンに新たな影響を与え続けているクリエーティブディレクターの菅野薫さんによるトークが行われました。

日時:2017年6月9(金)19時〜
場所:GINZA PLACE内「common ginza
企画プロデュース:電通ライブ クリエーティブユニット 金原亜紀 編集協力:松永光弘 写真撮影:船本諒
当日のイベントの様子はこちら(動画)

(左から)MIKIKO氏、菅野氏

MIKIKO先生は「先生」

菅野:いきなりなのですが、まず今日のお話の結論を言ってしまおうかと思うんです(笑)。一緒に仕事をさせていただいているなかで、僕なりに「MIKIKO先生とはこういう存在だ」と感じているものがあるので、それを最初に話してしまおうかな、と…。

MIKIKO:面白いですね。私はどんな存在なんですか?

菅野:「MIKIKO先生は、○○である」という言い方をするなら、たぶんいまだと一般的には、○○の部分には「振り付けをする人」、要するに「振付師」とか、「コレオグラファー」とかを入れる人が多いんじゃないかなと思うんですよ。

ただ、僕がこれまでご一緒させていただいた仕事では、MIKIKO先生に振り付けだけをお願いすることはほとんどありません。たいてい、演出家としてお仕事をお願いします。振り付けは、その演出のなかに含まれている、という…。そう考えると、○○の部分は、やっぱり、ご自身で名乗っておられるように「演出振付家」なのかもしれない。でも、僕は何だかんだいっても、MIKIKO先生は、やっぱり「先生」なんじゃないかなと思うんです。その佇まいが。

MIKIKO:ああ、なるほど。実際に私は先生をしてきた時間がいちばん長いんですよね。19歳のときから先生なので。いま関わっているものでも、Perfumeにしても、ELEVENPLAYにしても、BABYMETALにしても、みんな10年近く教えているのですが、始まりはやっぱり先生と生徒という関係ですから。それに仕事の現場でも「先生」と呼ばれることが多いですね。

菅野:Perfumeの3人がそう呼ぶからですか?

MIKIKO:CMとか、映画とかの監督を名前でなく「監督」と呼ぶのと同じで、振り付けの先生は「先生」と呼ばれるんです。そうしておけば、名前を覚えていなくてもいいという、業界の都合もあるのかもしれませんけど…(笑)。

それにアクターズスクールでも、振り付けだけでなく、ボイストレーニングの先生のことも、みんな「先生」と呼んでいるんです。Perfumeの3人は、最初は私のことを「水野先生」って呼んでいたのですが、私がMIKIKOと名乗るようになってからは、気をつかって(笑)、「MIKIKO先生」と呼んでくれています。

菅野:「MIKIKO」にしたのは、いつなんですか?

MIKIKO:2006年から2年間、ニューヨークに留学していたのですが、そこから日本に帰ってきて、新たに頑張ろう、と思ったときです。それこそ「演出振付家」という肩書きも、自分に気合を入れるために、そのときに考えたものですね。

菅野:ニューヨークでは、何を?

MIKIKO:演出の勉強です。だから、日本に帰ってきたときは、とにかく演出をやりたいと思っていたのですが、いざ戻ってみると、うれしいことにPerfumeがすごく売れていて…。世の中では私は「振り付けの人」として認知されていたんです。でも、やりたかったのは、さっきも菅野さんがおっしゃったように、振り付けを含めた演出で…。

「精神論」を大切にする

菅野:そうだったんですか。ということは、MIKIKO先生は、そもそも立場的に「先生」なんですね。でも、僕は立場だけでなく、在り方としても「先生」なんだと思うんですよ。実際に、確かPerfumeのCDにクレジットとして入れるMIKIKO先生の肩書を何にするかという話になったときにも、いろいろ迷った末に「Teacher」にしたことがあったじゃないですか。

MIKIKO:ありましたね。

菅野:リオデジャネイロオリンピック(以下、リオオリンピック)の閉会式のフラッグハンドオーバーセレモニーのときもそうでした。出演者には、ELEVENPLAYの主要メンバーもいたし、顔なじみの人たちもいたけれど、青森大学男子新体操部の人たちとか、ブラジル人のボランティアの方々とか、これまではなじみがなくて初めてお仕事する人もたくさんいましたよね。それでも、結局、MIKIKO先生は、みんなの「先生」になっていましたから。どうして、ああなるんですか?

MIKIKO:自分では分かりませんが、本番に向けて、みんなと気持ちをハモらせることにはこだわっていますね。私としては、そこにいちばん時間をかけたいんです。だから、ちょっとでも表情が曇っている子がいたら、こそっと話しかけに行ったりもします。

菅野:それ、すごく見かけました(笑)。当たり前のことかもしれませんが、出演者の名前も、ちゃんと全員覚えているし、先生は本当に優しいなと、いつも思うんですよ。CMの撮影のときも、出演者を上手に褒めてあげるでしょう? そうやりつつ、動きの一つ一つが美しく見えるように、ものすごく丁寧に指導しますよね。「そう! 素晴らしい。もう1回やってみようか」とか言いながら。

それだけじゃない。振り付けとか、演出とかと関係のないところでも、ちゃんと見ていて褒めてくれます。例えば、僕が書いた字コンテやコピーを見せたときですら、必ず何かいい視点を見つけて褒めてくれる。そうやって一緒に仕事をする人たちを励ましながらつくっていくところが「先生」だなと思うんですよ。

MIKIKO:いわゆる精神論の部分を気にしているところはありますね。例えば、ELEVENPLAYとRhizomatiks Researchとがコラボレーションしたダンスインスタレーション『phosphere(フォスフィア)』でも、一つのことを長く続けてきた人たちが、どういう思いで演じるべきなのかという精神性みたいなところをステージに乗せることをすごく意識しました。

見に来てくださる人たちは、みんな背負っているものが違う。それでも、それぞれがステージに立っている人たちと共感できる瞬間を生み出そうとしたら、精神論の部分を大切にしなくてはいけないと思うんです。もちろん、それは説明するようなことじゃないし、直接、目に見えるものでもないのですが。

あえて自分に向き合う

菅野:ちょっと話は違うかもしれませんが、3月にドイツで開催されたCeBIT(セビット)※1のオープニングセレモニーで、日本国の依頼でスペシャルパフォーマンスを制作することになって、MIKIKO先生に総合演出をお願いしました。その過程で、先生の演出は本当に柔軟なんだなと思ったんです。というのも、あのときは、森山未來さんと、ELEVENPLAYの4人が出演者でしたが、森山さんには、あまりMIKIKO先生らしい緻密な振り付けを施さなかったじゃないですか。森山さんには、森山さんらしい即興に任せる部分が多かった、というか。あと、テクノロジーから発想されたアイディアも、柔軟に受け止めて人間的な表現に消化していったり…。

※1「CeBIT(セビット)」……ドイツのハノーバーで毎年開催されている世界最大級のテクノロジーエキスポ。

MIKIKO:未來くんって、少し前に海外に留学していましたよね。ダンスを学ぶために。

菅野:確か、行き先はイスラエルでしたね。

MIKIKO:そう。彼は森山未來として、こんなに世の中に知られているのに、あえて留学した。そこにある思いみたいなものを考えると、やっぱりいちばん彼が得意とする身体の動きを世界の人に見てもらいたいなと思ったんです。

でも、それって型がないものだったりしますから、振り付けの型にはめるよりは、即興に近いほうがいい。そうやって、彼ならではの人間離れした動きだったりというものを見せられたらなと、私のなかでは裏テーマとして考えていたんです。

菅野:そうだったんですか。ちなみに、演者が男性のときと、女性のときとでは、演出や振り付けの仕方はやっぱり違うのですか? ELEVENPLAYは女性ですけど、森山未來さんは男性だし。「恋ダンス」は、同じ振りで演者は男女両方でしたが。

MIKIKO:どちらかというと、男性を振り付けるほうが、私には難しいのですが…、それぞれが持って生まれた性を、いちばんいいかたちで、嫌みなく、こびなく、品良く、女性も男性も気持ちよく見ることができる表現を追求したいなとは、いつも思っています。身体を動かす、ダンスをするというのは、実はけっこうエグいことでもありますから。

菅野:エグいですよね、身体を動かすのって。最もプリミティブなコミュニケーションですし…。お仕事としてやろう、こなそう、と思ってできるものじゃない。ちゃんと自分に向き合わなくてはいけないし、あえて向き合っていく、みたいなところがありますよね。そこのところは、リオパラリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーのチームもすごかったですね。

MIKIKO:本当にそうでしたね。そもそも振りを覚えて踊るだけでも大変なはずの人たちが、何度も何度も練習して、ちゃんと踊れるどころか、最高のパフォーマンスを見せてくれて…。

菅野:あのときも、MIKIKO先生は事あるごとに、みんなに声を掛けに行っていました。「すごい! うまくいったじゃない!」って(笑)。

MIKIKO:GIMICOさんをはじめ、個性的な人も多いチームでしたけど、みんな、最後は仲良くなっていましたよね。いろんな目で見られてきた経験を持っている人たちだし、最初はどこか身構えているようなところがあって、それが溶けていくのに少し時間は必要でしたけど。

菅野:そうでしたね。でも、互いのコミュニケーション上のガードを溶かしていきながら、一緒にものをつくっていくのは、本当に尊く、素敵なことだなと思いました。その見えないプロセスが結果となって表現されるのが、またクリエーティブという仕事の素晴らしいところですよね。

※後編はこちら

Planner's eye

「演出振付家」という仕事を、ここまでのスケールや高みで実現している方は、日本ではMIKIKOさんの他にはなかなか見当たりません。19歳の時から振付家として「先生」をやっていると言っていたように、まさに「先生」と呼ばれるような人が持つべき資質を全て備えた方です。
自らの振る舞いは厳しく律し、しかし他者には限りなく優しく共感や思いやりに満ちている。女性らしい細やかさ、美しさと、サムライのような決断力。そして、そのような凄いクリエーションを生み出しながら、「明日やめてもいい」と言い切り、いまの仕事に全身全霊を懸けている強さ。一緒に仕事をしている菅野さんが舌を巻き、仲間たちがみな尊敬する理由がこのトークでもよく伝わったと思います。
参加された若い女性が、質問のときに(MIKIKOさんの答えやアドバイスに)、感激のあまり涙を浮かべていたのが印象的でした。

金原 亜紀 株式会社 電通ライブ クリエーティブユニット第2クリエーティブルーム 1983年電通入社。 テレビ、新聞セクションを経て、電通の広報誌「advertising」の編集長を10年間務め、100冊以上の雑誌、20冊以上の単行本を企画編集する。
その後、人材育成の分野で「電通デザイントーク」「電通デザイン・イノベーション・ワークショップ」「創発ラボ」など、トークイベントやビジネスインキュベーションのワークショップを企画。
現在は、電通イベント&スペース・デザイン局を経て、2017年設立の電通ライブに出向中。新しい「経験デザイン」の進化を研究している。
「電通デザイントーク」は2005年に立ち上げ今も継続し、『AdverTimes』『ウェブ電通報』で連載中。2017年4月に銀座4丁目の「GINZA PLACE」で立ち上げた、電通ライブ「パノラマトーク」の企画プロデュース、コンテンツの編集発信も行う。

  • MIKIKO 演出振付家 ダンスカンパニー「ELEVENPLAY」主宰。Perfume、BABYMETALの振り付け・ライブ演出をはじめ、さまざまなPV、CM、舞台などの振り付けを手掛ける。メディアアートのシーンでも国内外で評価が高く、新しいテクノロジーをエンターテインメントに昇華させる技術を持つ演出家として、ジャンルを超えてさまざまなクリエーターとコラボレーションしている。

  • 菅野薫 株式会社電通 CDC/Dentsu Lab Tokyo エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター/クリエーティブ・テクノロジスト 2002年、電通に入社。テクノロジーと表現を専門に幅広い業務に従事。本田技研工業のインターナビ「Sound of Honda /Ayrton Senna 1989」、Apple AppStoreの2013年ベストアプリ「RoadMovies」、東京2020招致最終プレゼン「太田雄貴 Fencing Visualized」、国立競技場56年の歴史の最後の15分間「SAYONARA国立競技場FINAL FOR THE FUTURE」企画演出、BjörkやBrian Enoとの映像プロジェクトなど、活動は多岐にわたる。JAAA クリエーター・オブ・ザ・イヤー(2014年、2016年)、カンヌライオンズ/チタニウム部門グランプリ、D&AD Black Pencil、文化庁メディア芸術祭大賞、Prix Ars Electronica栄誉賞など、広告・デザイン・アートをはじめとする国内外のさまざまな領域で受賞多数。

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