DENTSU LIVE | 電通ライブ

地域にいま必要なのは「弱さの強さ」(後編)

  • August / 09 / 2017

地域で“落ちこぼれる”人たち

辻:いまの時代は、“自由”になった経済が、逆に社会を呑み込んでしまっていますよね。本当に“経済さまさま”の世の中です。人の生き方ですら、経済学者にお伺いを立てなくてはいけなくなっている(笑)。

でも、そういう考え方では、どうにも折り合いのつかないことが出てくるわけです。その一つが弱い人たちの存在ですね。障害のある人たちもそうだし、他にもいろんな弱さがあります。赤ちゃんも、年を取ることもそうですよ。病気だってそう。僕らは一生を通じて、弱さと付き合いながら生きているんです。だからこそ、人間には家族が必要だし、コミュニティが必要なんですよ。僕は「弱さの強さ」と呼んだりもしているのですが、弱さというでこぼこと何とか折り合いをつけながら生きる仕組みを、人間は進化とともに身に付けてきたんだと思うんです。

逆に言えば、弱さを得たことが、人間が人間へと進化する決定的なポイントになったのではないか、とも考えられる。コミュニティをつくり直していくときには、やっぱりこういうところに戻って考えなくてはいけないと思うんです。そこを踏まえずに、都会で学んだ「勝ち負けがすべて」という価値観を、家庭やコミュニティに持ち込んだら大変なことになるでしょ?

山崎:僕らもそこは気にしていますね。都市部のプロジェクトに関わるときは特にそうで、ワークショップで「10万時間」という数字を見せて注意を促しています。ふつうの人は、だいたい20歳くらいから働きはじめますよね。1日8時間、週に5日間で、それを65歳まで続けると、おおよそ10万時間になるんです。そこで重視されているのは、「素早く」「効率的」「正確」「効果的」「経済的」「緻密」といった価値観。それができない人は、いまの社会だと落ちこぼれのように言われたりもします。

でも、人生は65歳で終わるわけじゃない。その後も続いて、90歳くらいまで生きてしまうような時代です。その間は1日約16時間を家庭や地域で過ごすことになる。しかも週5日ではなく、週7日。その時間の積み重ねがどのくらいになるかというと、これもだいたい10万時間なんです。つまり、20歳から65歳まで働いてきたのと同じ時間を、老後にまだ持っているわけです。

ただ、そこで求められる価値観が、仕事のときとはちょっと違うんですね。「失敗が多い」とか、「そこそこでいい」とか、「煩わしい」とか、「試行錯誤」とか、そういったことが重要になる。そういう価値観で動くから、つながりもできるし、信頼関係も築かれるし、コミュニティのなかでの役割も生まれる。健康だって手に入るわけです。

辻:仕事のときは、「強さの強さ」が求められるけれど、65歳からは、「弱さの強さ」が求められるということかな?

山崎:まさにそうです。だから、地域に「強さの強さ」を持ち込まれると困るんです。ところが、ワークショップをやっていると、プリプリ怒っているおじさんがいたりするんですよ。「9時から始めると言ったじゃないか。もう5分も過ぎてるぞ」とか、「街づくりは何でこんなに進み方が遅いんだ。もっと効率的にやるべきだ」とか。そういう人にかぎって、ワークショップが終わったら、「○○株式会社 元部長」なんて書かれた不思議な名刺を出してきたりするのですが…。

誰かがリーダーになって、強い指導力を発揮して…みたいな進め方が理想だと思っている人も多いのですが、それだと「じゃあ、あの人に任せておこう」と、街づくりが一部の人のものになりがちだし、そもそもその人が倒れたりしたら、動きが止まってしまいます。だから、そんなやり方をしてほしくないんですよ。むしろ、「素早く」「効率的」「正確」「効果的」「経済的」「緻密」みたいな価値観を持ち込まれると、地域ではそっちが落ちこぼれだと言わざるをえない。もっとヨロヨロと進んでほしいんです。あちこちぶつかりながら結束力を高めて、みんなに役割が与えられて、うまくいったら全員で喜ぶ、という構図が欲しい。自分に任せてもらえれば効率的にできます、みたいな考え方は、地域では望ましくないんです。

辻:さっきの話じゃないけれど、もっとゴリラ的であったほうがいいということですね。

山崎:だと思います。だから、10万時間の話をするときは、僕らは「65歳以降の10万時間をどう使うか、考えてください」と投げかけます。ただ、20歳から65歳までの毎日にも、仕事と睡眠以外の時間が8時間ありますから、その積み重ねで実はまだ別に10万時間持っているんです。そこの時間を生かして地域に出てきて、地域の論理というか、ゴリラ的なものを身に付けていったほうがいい。まあ、いまの世の中だと会社ではサル的に戦うしかないのかもしれませんが、それが全てになると、定年退職して地域に出たときに落ちこぼれになるわけですから。

大切なのは、付箋と模造紙を使う“前”

辻:競争原理だ、効率だという都会の考え方の枠組み、つまりはマインドセットを変える必要があるわけですね。

山崎:そう、まさにマインドセットです。そこのところについては、辻さんはよくアインシュタインの言葉を引用されていますよね。

辻:「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセットで、その問題を解決することはできない」でしょう? 例えば、3.11の大震災で、ぼくたちは福島の原発事故という巨大な問題を抱え込んだわけです。あるいは、巨大な問題を抱えていたことに気付いたと言ってもいいかもしれない。じゃあ、その問題を解決するにはどうしたらいいんかと言えば、同じマインドセットでそれを解決することはできないんです。なぜなら、そもそもそのマインドセットが問題を引き起こしているわけだから。でも、原発の問題も含めて、ほとんどの場合、僕らはマインドセットそのものをそのままにしておいて、小手先の工夫をやり続けてしまうんですよ。

山崎:福島くらいの問題になると、日本全体を巻き込んだ大きな話ですから、確かにマインドセットを変えづらいところはありますね。でも、地域レベルだと、もう少しスムーズに変えられる可能性があるんじゃないかと思うんです。

例えば、集落から若い人たちが出て行ってしまうという問題を考えるにしても、「やっぱりお金がもうかったほうがいいし、便利なほうがいい」というマインドセットで議論していくと、「じゃあ、うちの街にも有名なカフェチェーンに来てもらおう」とか、「ハンバーガーショップを呼ぼう」とかいう話になりますよね。街が便利になれば、若い人が残ってくれるんじゃないかという発想しか出てこない。

でも、実際はその方向に進めば進むほど、「やっぱり東京のほうがいいな」と若い人たちはますます思うわけですよ。マインドセットを変えて、自分たちにとっての幸せとは何なのかを、もう一度問い直すところから始めないと、本当に価値のあるアイデアは出てこないんです。ワークショップを地域でやるときにも、時間をかけるのはそこのところですね。基本的な考え方の枠組みをまず変えないと、7.5センチ角の付箋に書かれるアイデアがどれも東京にあるようなものにしかなりませんから。要するに、大切なのは付箋と模造紙を使う“前”のところなんです。

ただ、考え方が変わったなと思っていても、1カ月あいだを空けて再び訪れると、また元に戻っていたりするんですよ。それを何度も何度も変えて、ちょうどいいあんばいになってきたかな、というところで意見を出してもらうと、その地域ならではのアイデアになることが多いですね。

地域は「メチャクチャもうかる」

辻:確かに世界の仕組みというのは、とても複雑なんだけど、うまくつくられていて、僕らはいつのまにかいろんなことを信じ込まされていますからね。外から地域に行くと、ふつう、まず起こるのは「金になるかどうか」という反応でしょ?

山崎:マインドセットが変わらないうちは、地域でもいろいろな反応が出ます。「こんな考え方では食べていけない!」みたいに。大学の教員をしていると、公的な委員会みたいなところに呼ばれることもあるのですが、そんな席でも、「山崎さんのやっておられる街づくりは、大変意義があるのは分かるけれど、もうかりませんよね」と同情のような声を掛けられることもよくあります。

最近はそこで、「メチャクチャもうかりますよ」と答えることにしているのですが、ものすごくびっくりされますね(笑)。でも、うそじゃないんです。お金のもうけももちろんありますが、地域に行くことで友達や先輩ができたりと、いろんな“もうけ”がありますから。

辻:“もうけ”という言葉の意味を拡張しちゃうんですね。

山崎:ええ。例えば、僕はこれまで約250の地域に関わっていて、それぞれ100人規模のワークショップをやっていますから、単純に考えると2万5千人くらいの人と交流してきています。そのなかには「食えなくなったら、うちに来いよ」なんて言ってくれる人も少なからずいて、それだけでも心穏やかに暮らせる。これも一種のもうけですよね。

それだけじゃない。関わったなかには、うちの事務所に季節ごとにいろんなモノを送ってくださる人もいます。新米がとれたからと、80キロの米が届いたり…。それももちろんもうけです。他にも地域に行くと、その土地の歴史をはじめ、いろいろなことを教えてもらえます。僕の場合はそれが本を書くときのヒントになったりもしている。これももうけ。あとは何といっても感謝の言葉ですね。地域の人たちから「来てくれて、ありがとう。助かったよ」なんて言ってもらえると、達成感も、満足感も上がる。素晴らしいもうけですよ。こういうものを含めて考えると、僕らの仕事は本当にぼろもうけなんです。

本当の豊かさは時間にある

辻:山崎さんの話を聞いていると、これまでは、都会にいたほうが世界とつながることができるという感じが強かったのに、いまはまったく逆になってきているということがよくわかりますよ。実際に僕も世界のいろんなところを訪れて肌で感じているのですが、さまざまな新しい価値観があちこちの地域で動きはじめています。何かを奪いとって得をしたとか、金がもうかったとかという側面がないとは言わないけれど、それだけではない価値観を持った人たちが、けっこう豊かな人生をそれぞれの場所で生きはじめているんです。

きょうのテーマでもある「地域の唯一無二」ということで言うと、昔は「一村一品」みたいに、自分のところにしかないモノをつくったり、売ったりしようと考えたじゃないですか。でも、本当は、そういうことじゃないと思うんです。ある意味ではどこにでもあるのだけど、そのどこにでもあるものをこんなふうに活かして生きているというところに、本当の唯一無二がある。昔、沖縄の人たちが言っていたみたいに、自分たちのいるところが世界の中心だという感覚のことなんじゃないかなと思うんです。中心がどこか他の遠いところにあるということじゃなくて。

山崎:先日、秋田県の大潟村に行ったときに、僕もそれに近いことを感じました。あそこは住民がみんな農業をやっているから、時間の感覚がそろっているんです。だから、農作業に支障がなければ、平日の昼間でも、思い立ったときにみんなで示し合わせて遊びに行ったりできる。水やりは午後2時からだけど、30分遅れたせいで稲が怒っていた、みたいなことはないから(笑)、ある程度、融通も利きますし…。彼らはそういう時間の捉え方や使い方を「大潟時間」と呼んでいたのですが、それはやっぱり唯一無二の価値ですよね。「きょうは天気がいいから、ランチを食べたら山に行くことにしよう」なんて、東京じゃ絶対にできないわけですから。ああいう時間の使い方は本当にリッチですよ。

辻:僕は奥会津に行ったときにすごく感動したのは、冬には冬の豊かな時間があることです。雪国の冬って、「何もない」と外の人は思いがちだけど、実は冬のほうがいろんなお祭りや儀礼があったりする。小正月には、道具を全部出して「道具の年越し」をしたり、地域の付き合いも濃密だし、時間の過ごし方が丁寧でリッチなんですよ。それに比べると、都会人はずいぶん時間というものに疎くなってしまいました。『スロー・イズ・ビューティフル』という本は、そこに気付いてもらおうと思って書いたのだけど、15年経ってもあまり世の中が変わったとは思えません。むしろ悪くなっているかもしれない。

本当の豊かさは、やっぱり時間にあると思うんですよ。人生のなかで真に自分のものだと言えるのって時間だけでしょう? その時間をどうやって過ごすのか。僕らが大切にしなくちゃいけないのは、そこですね。

(了)

辻信一

文化人類学者・明治学院大学国際学部教授

1999年にNGO「ナマケモノ倶楽部」を設立。以来、「スローライフ」、「100万人のキャンドルナイト」、「GNH(国民総幸福)」などの環境=文化運動を提唱。2014年、「ゆっくり小学校」を開校。著書に『スロー・イズ・ビューティフル 遅さとしての文化』(平凡社ライブラリー)、『弱虫でいいんだよ』(ちくまプリマー新書)など多数。映像作品にDVDシリーズ『アジアの叡智』(現在6巻)がある。本年11月11~12日には「『しあわせの経済』世界フォーラム2017~Local is Beautiful!」を都内で開催する。
http://economics-of-happiness-japan.org/

山崎亮

studio-L代表/東北芸術工科大学教授(コミュニティデザイン学科長)/慶應義塾大学特別招聘教授

東北芸術工科大学教授(コミュニティデザイン学科長)。慶應義塾大学特別招聘教授。1973年、愛知県生まれ。大阪府立大学大学院および東京大学大学院修了。博士(工学)。建築・ランドスケープ設計事務所を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりのワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、市民参加型のパークマネジメントなどに関するプロジェクトが多い。著書に『ふるさとを元気にする仕事(ちくまプリマー新書)』、『コミュニティデザインの源流 イギリス篇』(太田出版)、『縮充する日本 「参加」が創り出す人口減少社会の希望』(PHP新書)、『地域ごはん日記』(パイ インターナショナル)などがある。