DENTSU LIVE | 電通ライブ

“人間の営みのにおい”をさせつつ着飾る(前編)

  • June / 26 / 2017

年寄りがシャシャリ出てもいい時代

佐々木:初めて古舘さんと会ったのは、25歳のときだったから、もう40年くらい前のことですね。共通の友人の吉澤一彦くん(元テレビ朝日アナウンサー、現在はフリー)の引き合わせで3人で飲んで、ずいぶんと熱く語り合った覚えがあります。よくある話で、それきり何十年も連絡も取り合わず(笑)、そうこうするうちに古舘さんはすごい人になってしまって…。

古舘いやいや、全然大したことはないですよ。でも、『報道ステーション』を12年やって、終わったなと思っているところに、佐々木さんから担当しておられるソフトバンクのCMに出ないかと声を掛けてもらいましたよね。あれはうれしかったですね。

佐々木:お願いするなら、いまだなと思って(笑)。とはいえ、もう60歳を過ぎていらっしゃるわけで、ふつうなら静かに余生を、みたいなことを考えてもいい年だと思うんです。ところが、古舘さんは『報道ステーション』をやめた後もテレビのレギュラーを次々と勝ち取って、とんでもない勢いで活躍されている。そういう姿を見ているのは、同い年としてはすごくうれしいんですけど、実際のところ、これからまた別の報道番組をやろうとか、『NHK紅白歌合戦』の司会をもう1回やろうとか、スポーツ実況をやろうとか、何か考えていることはあるのですか?

古舘:お恥ずかしい話ですけど、いま挙げていただいたことは全部やりたいんです。自分の欲の深さにあきれ返りますけど…。たまに道行く人に声を掛けられて、「最近の『NHK紅白歌合戦』は、若い人が中心だけど、古舘さんのプロっぽい司会もまた聞いてみたい」なんて言われただけで歩けなくなるんですよ、感動して(笑)。もう1回やりたいと気持ちがうずくんです。スポーツ実況だって、40年くらいやっているわけだから、「2020年、東京オリンピック、日本選手団。56年ぶりにあのときと同じコスチュームで入場してまいりました。この56年間で、果たして世界は平和になったのか」とか、放送コードをギリギリ守りつつ(笑)、やってみたい。報道番組だって、月曜から金曜まで毎日というのは大変かもしれないけれど、週1くらいで1週間を総ざらえするくらいならできるんじゃないか…とか。そういうオファーを常に心待ちにしているようなところはありますね。

佐々木:もともと古舘さんって、番組を面白くする人なんだと思うんですよ。プロレスにしても、F1にしても、そのままだと興味のない人には全然面白くない。でも、古舘さんが実況すると、途端に面白くなる。それは裏側にあるものを浮き彫りにできるところにあると思うんです。

古舘:ぼくね、そこは笑うべきじゃないってところにいたずらを仕掛けるのが好きなんですよ。F1だったら、確かに好きじゃない人は「グルグルまわっているだけだ」なんて言うじゃないですか。そういう人に向かって「グルグルまわっております。5周目、7周目、いつもより余計にまわっております」とか言ってみたくなる。そうすると、一部にはウケて、一部にはひんしゅくを買うことになるのだけど、そのはざまが好きなんです。それをあちこちでやってみたいというところが、ちょっと欲深いのですが。

佐々木:あれもやりたい、これもやりたいという意味では、ぼくも同じようなことは思っていますよ。『NHK紅白歌合戦』もつくってみたいし、アカデミー賞とか、あとオリンピックだって、なんらか関わってみたい。ただ、いまはそれを口に出すとひんしゅくを買う時代じゃないですか。そう思って封印しているようなところがありますが…。

古舘:そこは本当に難しいところですし、言っていることが矛盾するようでもあるのだけれど、ぼくら60歳を過ぎたジジイが、積極果敢に出ていってもいいような時代になりつつはありますよね。世の中全体が『やすらぎの郷』(※注)みたいなことになってきているというか(笑)。高齢化がさらに進んで、2030年には日本の人口の40パーセントが年寄りになるそうじゃないですか。それがいいとか、悪いとかは議論の余地があるにしても、年寄りがシャシャリ出ても許されやすい社会になってきているとは思うんです。

佐々木昔なら60歳は死んでもおかしくない年だけれど、いまは健康な人も多いし、見た目も若々しいですからね。ぼくの電通の頃の同期なんかは、もう引退している人も多いのですが、みんな元気だし、何か線の引き方が間違っているんじゃないかと思うこともありますよ。

※『やすらぎの郷』…テレビの世界で活躍した人物だけが入居できる老人ホームを舞台にしたドラマ。倉本聰が脚本を手掛け、石坂浩二、浅丘ルリ子、有馬稲子、藤竜也ら、昭和を代表する俳優が共演。テレビ朝日系列で2017年4月から放送されている。

腐るのではなく、「発酵」を目指そう

佐々木:仕事でお付き合いのあったところでも、加山雄三さんは80歳を迎えられましたし、桑田佳祐さんも61歳で還暦を迎えられている。でも、お二人とも元気そのものですよ。で、かつて伊勢丹の広告にあったコピーを思い出したんです。「四十才は二度目のハタチ。」。眞木準さんというコピーライターが書いたものなんですけど、いいコピーでしょう? これをアレンジしたら、桑田さんは「三度目のハタチ」。加山さんは「四度目のハタチ」と言えるなと思って。

古舘:面白い発想ですね。それでぼくも思い出したのだけど、沖縄では長寿を祝うときに、豆腐ようの原型といわれるイタミ六十(るくじゅう)という短期発酵させた豆腐を二つ重ねて食べるそうなんです。60を二つ重ねるから120歳を意味しているのですが、「ひゃくにじゅっさい」とは言わない。「“ひゃくハタチ”まで長生きしよう」と言うらしくて。

佐々木:ちょっと似てますね。

古舘:でしょう? でね、この間、番組で勉強したのですが、沖縄の豆腐ようがまた面白いんですよ。豆腐ようは、ご存じのとおり、沖縄の島豆腐を発酵、熟成させた食べ物で、発酵だから腐っていると思われがちなのだけどそうじゃない。簡単に言えば、麹と泡盛で豆腐を熟成させていくのですが、そこで何が起こっているかというと、麹はとにかく腐らせようとアクセルを踏む。それに対して、泡盛が腐るなとブレーキを掛けている。その両方がギリギリのところで押し合っている、腐るか、腐らないかという状態が発酵なんだそうです。これ、人間も同じだと思うんですよ。われわれも腐るんじゃなくて発酵を目指したほうがいい(笑)。

佐々木:発酵の仕方もいろいろありそうですね。さっき、25歳のときに意気投合したと話しましたけど、その後の人生もぼくと古舘さんじゃ、全然違っている。古舘さんは、博学で、検索すれば何でも出てくる“一人iPhone状態”じゃないですか。しかもそれを、ものすごく面白く話せる。でも、ぼくは「確か、ほら…」みたいにしか話せなくて、知識を蓄えるのも得意じゃない。そのぶん人の話を聞いて、「こういうの、どうですか?」と思いつきをやや口から出まかせで(笑)、かたちにするような仕事をしているわけで。

古舘:いきなりピンクのクラウンを広告に登場させたりね。

佐々木:あのときは、ピンク色にすることで、前田敦子さんのような若い女の子も乗ってくれるようなものになったらいいなと思ったのですが、あれも自分と同い年のクルマがこの先どうなっていくといいのかなと思いをめぐらせていたときに、口をついて出た思いつきですよ。

古舘:そのほうがよっぽどかっこいいじゃないですか。古舘さんはいろいろ知っているけど、しゃべるしかない。でも、ぼくはそういうものがないから、こんな素敵な発想ができるって。ぼくをダシにしてますよね(笑)。JR東海の「そうだ 京都、行こう。」も佐々木さんでしょう? 樹木希林さんが出ておられるフジカラーの「お正月を写そう」もそうですよね。本当に素晴らしい仕事をたくさんしていらっしゃる。

佐々木:「お正月を写そう」は途中から引き継いだのですが…、希林さんには、いったん死んでいただいて、ハイブリッドの樹になって蘇るという役でトヨタの「TOYOTOWN」シリーズにも出ていただいてますし、かなりお世話になっていますね。

何げない言葉が人の胸を打つ

古舘:ぼくもこの間、ある仕事で樹木希林さんと2時間くらいじっくりとお話しさせていただいたのですが、あの人は本当にすごいですね。言うことなすこと、面白いし。以前、たまたまラジオを聞いていたら、伊集院光さんがパーソナリティを務めている番組に希林さんがゲストで出ておられたんです。そこでの話もいろいろ面白かったのだけど、帰り際に「番組のスポンサーから、コーヒーの詰め合わせをお土産に差し上げます」と言われて、「いらないわ。だって、インスタントコーヒー、飲まないもの」と断って終わり、ですよ。贈答文化の完全否定(笑)。絶対に妥協しない。

だから、ぼくがインタビューしたときは、収録が終わった後にまずこう言ったんです。「希林さん、あまり贈答文化を否定しないでください。日本人って、それでうまくいくようなところがあるじゃないですか」って。そう前置きしてから、買ってきた焼酎をお渡ししました。焼酎はお好きだと知ってたのだけど、でもやっぱりいらないと言われるかなと思ったら、「芋? 麦?」とおっしゃって(笑)。ドキドキしながら「芋」と答えたら、「じゃあ、もらっていくわ。私、麦は嫌いなのよ」と言って、奪うように持って帰られましたよ(笑)。素晴らしいちゃめっ気と面白さです。

佐々木:本当に魅力的で、かっこいい人ですよね。あれだけの大女優なのに、マネジャーもいないし、全部一人でされていて。

古舘:そうなんですよ。一人で電車でいらっしゃるし、洋服だって5着しかないっていうじゃないですか。それを自分で繕ったりしながら着まわしていらっしゃる。おっしゃるとおり、かっこいいですよね。

でね、ギャラの交渉も自分でされるというから、実際のところ、どうしているんですか? と聞いてみたんです。そうしたら、ご本人いわく、相手から話をひととおり聞いた後で、「それで、いかほどいただけるの?」とたずねるそうなんですよ。で、その金額が安いと思ったら、「安い」というのはカドが立つから、ひと呼吸置いて「かったるいわね」と言う。この日本語の豊穣さ(笑)。そう言われると、言われたほうもそんなに悪い気になりませんよ。そしてその後に、二の矢で「だったらね、あの人、紹介するわ」と、他の人を紹介するんですって。そうやって映画界はうまくまわっているわけです(笑)。

佐々木:希林さんは、ご自宅の留守番電話も有名ですよね。キャリアも長いから、昔出た映画とか、CMとかの肖像権に関する問い合わせが結構多いそうなんですが、それにいちいち答えるのもそれこそ「かったるい」と思っておられるのか、留守番電話のメッセージの最後に、「どんどん使ってください」というような一言が入っているそうなんです。そういうところがまたいいんですよ。

古舘:何げない言葉が人の胸を打つんですよね。

佐々木:希林さんは、言葉を持っている人ですね。さっきおっしゃったフジカラーのCMに、「美しい人はより美しく、そうでない方は…それなりに写ります。」という名文句があるじゃないですか。あのCMは川崎徹さんという天才的な人がつくったものですが、「それなりに」の部分は、実は希林さんのアドリブなんです。

古舘:「かったるいわね」に通じるものがありますね(笑)。

古舘 伊知郎

フリーアナウンサー

1954年生まれ。立教大学卒業後、1977年にテレビ朝日にアナウンサーとして入社。『ワールドプロレスリング』などの番組の実況を担当し、その鋭敏な語彙センス、ボルテージの高さで独特の「古舘節」を確立。小学生から大人に至るまで、プロレスファンの枠を超えて絶大なる支持を集めた。1984年6月にテレビ朝日を退社。F1、バラエティ、音楽番組などの司会、テレビ朝日『報道ステーション』のキャスターなどを務めたほか、現在は、NHK『人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!』やテレビ東京『おしゃべりオジサンと怒れる女』、フジテレビ『フルタチさん』などの番組で活躍している。

佐々木 宏

クリエーティブディレクター

1954年生まれ。慶應義塾大学卒業。1977年、電通入社。新聞雑誌局を経てクリエーティブ局に転局。コピーライター、クリエーティブディレクター、クリエーティブ局長職などを経て、2003年7月に独立。同年、シンガタを設立。企業や商品のブランディングをはじめ、数多くの広告作品を手掛けている。2016年には、リオデジャネイロオリンピックおよびパラリンピックの閉会式で東京大会のプレゼンテーションをおこなう「フラッグハンドオーバーセレモニー」のプロデュースを担当した。主な仕事には、「ブラッド・ピット&キャメロン・ディアス」「白戸家シリーズ」などソフトバンクの全キャンペーンを13年、サントリー「ボス」を25年。「モルツ球団」「リザーブ友の会」「3.11歌のリレー」、トヨタ自動車「TOYOTA ReBORN」「ドラえもん」「ピンクのクラウン」「ECO-PROJECT」、JR東海「そうだ 京都、行こう。」、ANA「ニューヨークへ、行こう。」「LIVE/中国/ANA」、富士フイルム「樹木希林お店シリーズ」「お正月を写そう」、資生堂「UNO FOGBAR ビートルズロンドン編」、KDDI「合併」「auブランド」、三井不動産「芝浦アイランド」など。ADCグランプリ3回、TCCグランプリ、ACCグランプリ、クリエーター・オブ・ザ・イヤー賞ほか受賞多数。