2017/08/15
ホラーで、世界の感情を揺さぶる:頓花聖太郎(後編)
- August / 15 / 2017
新しい「ホラーの概念」を、テクノロジーで拡張していく
笠井:ホラーってある種ワンパターンになりがちで、お化け屋敷もですけど、マンネリをどう打破していくか、気をつけていることはありますか。
頓花:それ、悩むんですよ。もちろんいろんな工夫がありますが、ホラーの文脈だけじゃなくて、できるだけホラー以外のエンターテインメントで、「これは見方を変えたらホラーになるよね」とかそういうところで、別の分野の概念から発想を輸入してこようとはしているつもりです。次にやりたいなと思うのは、漫画表現でホラーっぽいコンテンツをつくれないかなとか、ちょっとずつ表現を外側に広げています。
笠井:テクノロジーの変化、たとえばVRなどによって、ホラーは今後どう変わっていくと思いますか。
頓花:僕が基本的に思うホラーの楽しさって、一人で体験して終わるパターンより、みんなでギャーギャー言いながらというのが原体験になっています。スマホとか今のVRはどうしても一人の体験になりがちだと思うんですが、テクノロジーの進化で今まで共有できなかったものがぐんと広がっていくと思う。わざわざお化け屋敷へ行かないと体験できなかったものが、気軽に家で友達と一緒に、全国どこでも体験ができるようになると面白いですね。
笠井:楽しみ方が広がりますね。
頓花:ええ。僕はひとりでお化け屋敷へ行ったり、ホラー映画を見に行ったりもするんですが、やっぱりあまり面白くないんですよ。誰か隣の人にギャーギャー言いたい。あまり周りにホラー友達がいない人でも、テクノロジーがそこを解決していってくれるといいですね。それがこれからのテクノロジーの使いどころですね。
笠井:ホラーというと夏ですが、冬の仕事はどんな感じですか。
頓花:もちろん冬ホラーの分野を開拓したいなと思っていますよ! もしくは、季節を問わないホラー体験をつくっていかないと、今年来年は生き延びても、いつか会社が死ぬ(笑)。新しくホラーの概念を拡張していくようにしていかないといけないと常に思っています。
最近ニコニコ超会議で「町VRホラーカー」をつくって、それもすごい楽しかった。

町VRホラーカー
頓花:車の中でヘッドセットをつけて体験するVRなんですけれど、背中にSubPacという振動を感じるウーハーをつけているので、本当に車が走っていて、どんどん襲われてくるような感じの演出が味わえます。しかも体験を終わった人が次に体験する人を、車を揺らしたりして脅かせるアナログな仕組みもあるんです。お客さん自身が次の客を脅かすなんて、ちょっとばかばかしいけど、そのことが「一緒に盛り上げている感覚」をつくれて面白かったですね。
笠井:それはどこで体験できるんですか?
頓花:ニコニコ町会議のイベントの一環としてですね。今年の夏は、日本中を回りますよ。お化け屋敷文化には新しい進化、イノベーションがしばらく起きていないような気がしている。ホラーの見せ方にテクノロジーを使った発明が加われば、従来型の「ザ・お化け屋敷」というフォーマットじゃない形のイベントをいろいろつくれるはずです。
「怖い」という感情を楽しむ文化、ホラーの楽しみ方の普及
頓花:怖いということの、楽しみ方を普及させなきゃいけないと思っているんです。怖さって、敷居は確かにあるんですけれど、ちょっとしたお作法を覚えると誰でも楽しめる。
映画を見て、めっちゃ泣くとか、めっちゃ笑うとか感情を揺さぶられるじゃないですか。めっちゃ怖がるという一手においても、怖さほど心が動く体験ってそうそうないと思うんです。でも恐怖という感情だけは我慢しようとしちゃう、耐えることをが目標になってる。そこを楽しめるマインドにスイッチを切りかえたら、すごく感動できるはず。
怖さを乗り越えられた自分であったり、それが終わったときの安心感との感情の落差だったりを見いだせるようになってきたら、絶対誰でも楽しめる。その楽しみ方まで提供できたらいいなと思っている。例えば、楽しみ方のコツのひとつは、我慢せずに声を出すことなんですよ。
笠井:大きな声で叫ぶ。
頓花:そう、怖かったら素直にギャーッと言うと、めっちゃ楽しいんですよ。
笠井:確かに。楽しんでやろうという気持ちで参加することが大事ということですね。
頓花:嫌々行ったらひとつも楽しくない。少しでも前のめりで、どんどん声出していこうというつもりで行くと、めっちゃ楽しいです。だから僕、一人で行ってもギャーギャー叫びながらお化け屋敷を巡るんですよ(笑)。ホラーに関しては泣き叫ぶのが恥ずかしくないという、感情をぶつける文化をつくりたい。
笠井:それ、大事かもしれない。いかに叫ぶの我慢するかで、その我慢がすごいストレスなんですよね。とくに私も含めた女子には。叫んだらストレス発散にもなりますよね。
頓花:日本人って、肝試しとかもそうですけど、ビビらないというのが目的になっていたりするじゃないですか。逆ですよ。ビビるのを楽しもうよ(笑)。
笠井:「何怖がってんだよ~、おまえ」みたいなことを言われますよね、悔しい(笑)。
頓花:いま大阪でNTT西日本さんと毎日放送さんがやってる梅田お化け屋敷「ふたご霊」で協力させてもらってますが、その中の施策の一つで、どれだけビビったか、という数字が出てくるんです。実際に計測しているのは、どれだけ楽しんだかということで、NTT西日本さんがつくった複雑な計算のもとで数字として出している。ギャーギャー言って楽しんだ人ほど高得点が出る。そういう指標を持って楽しめるようになってもいいのかなと思ったりします。

ふたご霊
ホラーの世界観のバリエーションを、多彩にアートディレクションする
笠井:ホテルでやられた企画もありましたね。
頓花:USJに隣接している公式ホテル「ホテルユニバーサルポート」でハロウィーンシーズンに行いました。ホテルの一室だけ、期間はそんなに長くなくて、ウェブプロモーション的なことは一切しなかったのですが、昨年結構予約が埋まったと聞いています。

ホテルユニバーサルポート企画
笠井:鏡に血がバーッとか、そういうことですよね。
頓花:あまり詳細を言うと面白くないけど、映像で人がガーンと出てきたりするんです(笑)。宿泊客は夜中2時ぐらいまで脅されます。壁にディスプレーを仕込んだ鏡を埋め込んでいるんですけれど、そこにさまざまな演出が起きるのですね。
笠井:お客さんは、若いカップルなどですか。
頓花:基本的にR15にしていたので、15歳未満は泊まれない部屋です。苦情が出ても困るので。そこらへんに血やら手首やら、散らばっているので(笑)。結構オールジャンル層でアンケートの評価もよかったみたいです。
笠井:寝れないでんすね、2時まで(笑)。
頓花:そう、夜中2時まで映像が出ますから(笑)。寝たら損ですよ。最大4人まで泊まれる部屋です。
笠井:じゃ結構ワイワイみんなで行けますね。
頓花:ええ。USJでハロウィーンを楽しんで、夜はホテルで謎解きを楽しみつつ泊まれるみたいな感じですね。
笠井:ちなみに、ホラー以外に好きなものはなんですか。
頓花:ホラーの仕事と隣接するんですけれど、テーマパークが好きですね、ジェットコースターとか。遊園地自体のアートディレクションに興味があって、ディズニーシーとか、岩の苔までこだわっていたりするじゃないですか。そんなのを眺めるのが好きで、岩だけを見てずっといられる(笑)。
今はホラーを扱うデメリットとして、皆さんご予算があまりないケースが多く、どこで妥協するのか、どこまでこだわるのかという戦いには毎度なってしまう。あと、スケジュールもタイトで、夏までにリリースしないといけないとか。予算が増えれば、もっともっとこだわり抜きたいですね。
笠井:家族みんなでホラーを楽しんでもらうブランディングが必要ですね。
いつかホラー×テクノロジーの大展覧会をつくりたい
頓花:ホラーイベントとなると、すぐお化け屋敷に集約しようとするんですが、そうじゃない形がいろいろある。普段の生活の延長線にホラーを注ぎ込んだら、すごく面白くなると思う。
笠井:新幹線で北海道から九州までホラートレインが走るとか、「はとバス」などでホラーツアーがあってもいいですし。面白そうですよね。みんなで叫べるし(笑)。
頓花:ちゃんとしたイベントとして成立できるところまでテクノロジーを使うと、繰り返し性やインタラクティブ性が強いこともできる。実はお化け屋敷も、入場者は女性の方が多いんですよ。USJのホラーイベントに行ったらびっくりします、女子ばっかりなので。女性は本気で叫べるというのが、楽しさや満足度につながっていると思う。
面白いテクノロジーもいっぱいあるんですよ。最近気に入っているのは先ほども挙げたSubPac。背中で感じる触感性のあるウーハーなんですけれど。重低音が体にズンズン響くのをうまく利用して、背中をそれこそ人がドーンと押しているみたいに感じるとか。
笠井:衝撃を受ける感じですか。
頓花:そうです。超でかい重低音のスピーカーを、背中に背負っているみたいなものです。それをうまく利用すると、車に乗って走りだす感じとか、心臓のドキドキ音を感じるとか、そういう感覚をつくれたりします。その他にも僕は、使えるガジェットを結構たくさん集めています。
笠井:ホラーに向くいろんな仕掛けを、アナログからデジタルまで。そういうの、ノウハウ知りたいです。やはりすごく努力しているんですね。
頓花:好きで集めてる。あと、指向性スピーカーはいいですよ。なかなか他では体験できない音の出し方ができます。
笠井:指向性スピーカーって、例えば私が歩くと音がついてくるとかですよね。
頓花:はい。超ピンポイントで狙えるようにつくれるので、耳元から誰もいないのに声がするとか。壁を狙ったら、その壁から反射で誰かがしゃべりかけてくるとか。キネクトみたいなセンサーを入れておいたら、自動的に顔を追尾するとかも可能です。
笠井:ホラープロポーズとか、ホラー結婚式の司会も面白そうですね。
頓花:いいですね、それ(笑)。ポピュラーに、そういう文化ができてほしいんです。
笠井:すごく楽しいですね!「ホラー×ラブ」みたいな。
頓花:「ホラー×○○」にすると、いろいろ放り込めるはずなんです。怖いという感情をどう使うかというメニューを広げたい。僕から言うと、エンターテインメントの中でホラーという席が「あれっ、空いてる」みたいな感じだったんです。「ここ、俺のもの!」という気持ち。
もちろん、ホラー界の先人の素晴らしさを否定することは全くないんですが、テクノロジーを掛け合わせるというところでいうと、僕らにもアドバンテージはあるかなと思ってます。
笠井:ぜひ、何か一緒にイベントをつくらせてください! 今日はとても勉強になりました。ありがとうございました。
音楽とは空間と時間をつくること:渋谷慶一郎(後編)
- July / 31 / 2017
「スケアリー・ビューティー」を、無限大に拡張するためのテクノロジー
藤田:ボーカロイド・オペラもやられていますが、どんなふうにテクノロジーを捉えていらっしゃるのか。作品に取り込む際のスタンスを教えていただけますか。
渋谷:例えば、最近パリで新しいプロジェクトの打ち合わせをしているときによく口にしているのが「スケアリー・ビューティー」という言葉なんです。不気味だけど美しい、気持ち悪いけど感動するとか。テクノロジーはこの方向性を拡張するのに使いたいし、そこに可能性を感じています。当たり前だけど、新しい技術を使うことが大事なんじゃなくて、表現として何がしたいかが大事なんです。日本はそうでもないけど、特にヨーロッパは良くも悪くも何を言いたいかというのが明確にない作品は「何、それ」という感じになるし、実際それは「何、それ」なんですよね(笑)。
ただ、テクノロジーが表現の中心にあると「カッコよく」なりやすい。ミニマリスティックだったり、「カッコいい」アートを生むのにひたすら使われてるし、実際それは向いている。基本がゼロイチでコピー&ペーストだから。
でも、「カッコいい」は上書きされやすいしすぐに更新されちゃう。それは「カッコいい」の鍵になっている精度という基準がそもそも更新されるのを前提に存在しているからです。結果的にテクノロジーとカッコいいの組み合わせはその精度が占める割合がほとんどだからすぐに古くなるんです。 それに比べると不気味なものの強さというのはあって、それはここ50年くらいは見過ごされてきた感があるけど、テクノロジーを軸に見直してもいいと思ってるんです。例えばピカソの絵は決して自宅に飾りたいようなものではないけど、ある種の不気味さと強さが残る。この方向性は今までのテクノロジーとアート、音楽の関係でいうとカオスとかノイズになりやすかったんだけど、そうじゃなくてグニャグニャに曲がってて不気味なんだけど美しい音楽みたいなものが可能になってきた気がしていて、僕は今ソロアルバムがつくりたいんです(笑)。なんか没頭するに足る世界がある気がしてきたというか。
藤田:確かに、渋谷さんのボーカロイド・オペラ「THE END」を見たとき、僕も和の怪談の持っている怖さを雰囲気で感じました。
渋谷:「THE END」はパリでやったときも日本的だと言われましたよ。むしろ怪談的なのかな(笑)、僕は全然意識してなかったけれど悪くないなと思っています。

2015年 wayofrabbit
AIを載せたロボット2人が、相互進化で音楽をつくってみる
渋谷:AIも、その方向で捉えているのです。アンドロイドをボーカリストにして、オーケストラ伴奏とかコンピュータを使ってというのをずっと進めていて、もしかしたら年末あたりにできるかもしれない。ただ、究極的にはロボットを2台つくって、部屋に閉じ込めておいて相互進化するようなAIを載せてということをやらないと面白くならないだろうなとは思っていて。これはかなり難しいとは思うんだけど、それで2人の関係の中で音楽ができちゃっているみたいなものになったとき、全く新しい芸術になる。
藤田:人が介在しない作曲、音楽…。
渋谷:そう、人が入る余地がない関係性の音楽作品を、人が聴く。
藤田:どういうロボットをどうつくるのかというところに、渋谷さんのアイデアが反映されるわけですか。
渋谷:僕は、誰々にそっくりなロボットとかは、限界があるなと思っています。というのは、初音ミクというのはキャラクターだから強いわけで、何かにそっくりなロボットはキャラクターにはなり得ないから。例えばレディー・ガガのロボットのTシャツと、レディー・ガガ自身のTシャツ、どっちを買うかといったら、本人のTシャツを買いますよね。それが「キャラクター」であるということだから。
だから、完全に人間に似せているだけのロボットではなくて、半物体半人間みたいな、機械と人間の境界を超えたものをつくりたいと思っている。そんなロボットが独唱で歌っていて、人間のオーケストラが伴奏するコンサートをやるとか面白いなと思っています。
プログラミングにも魂は宿る
藤田:最近は、ディープラーニングも話題になっていますね。
渋谷:ディープラーニングというのは、要するにビッグデータをどう扱うかということですよね。
この間「MEDIA AMBITION」をやるときに、僕の10年間分のサウンドファイルを東大でディープラーニングしてもらったのです。それでノイズをつくったけど、センスのいい学生がやると、やはり面白いノイズができる。だから、プログラムにも魂は宿ると思った。
藤田:ある種の指向性というか、ディレクションができるわけですね。
渋谷:そう、それは絶対出てくる。ディープラーニングでつくったデータは、意図的に一つの公式でつくったノイズよりは複雑というか、変にスカスカ感と複雑さが同居しているような、今までにちょっと聴いたことがないものになった。で、こういう超カッティングエッジなことはできるけれど、僕はそこからさらに、マスというか、汎用性に落としていきたいんです。
僕は分かる人だけ分かればいいとは全然思ってないんです。広告の音楽も含め大体自由にさせてもらっているから、マス向けの作品を自分の演奏会でも弾くし、アルバムに入れたりすることもある。でも、広告にありがちなマスのために仕事でつくった音楽なんて、誰も聴きたくないですよ。音楽をつくるというのは、自分が自分じゃない何かの直感とつながる瞬間がないとできなくて、そのつながる、天から降りてくるものの周りの容積をどれだけ増やしてあげるかということなのです。その容積をどういう形、色にするかをチューニングする。
藤田:渋谷さんのつくっていらっしゃるクリエーションは、感情に直撃する感じがしていて、メッセージももちろん届くんですけれど、それよりも先に感情が動かされているというか、つかまれている感じがします。そこに、計算はどの程度あるんですか?
渋谷:衝動があって、さらに計算がすごい速さでついてくるときがある。そのときは、血管がドクドクいって「あ、来てる、来てる、来てる…」と思う。
ノイズミュージックは人間の認知を、ある段階で超える
藤田:CMの曲や、僕も大好きなドラマ「SPEC」の音楽とか、オーダーがあって向き合うクリエーションへのスタンスも教えてもらってもいいですか。
渋谷:僕にとっては、条件が全くないクリエーションというのはない。自分のソロにしたって、発表形態はどうなのかということは絶対付きまとうから。僕は、こういう感じにしてとか、あの曲みたいにしてという発注はされないで済んでいるので、大体好きなようにつくらせてもらっているんです。だから、ほとんど差がないかな。
ドラマとかCMって覚えやすい方がいいじゃないですか。覚えやすい方がいい曲をつくるときに、ピアノの名曲を思い浮かべるとだめなんですよ、パクリになるから。僕には得意技があって、全然関係ないブラックミュージックのすごくいい曲の断片をちょっと想像して、一度忘れた後にピアノを弾くといいのができたりする(笑)。
藤田:渋谷さんから生まれる音楽そのものに、何かがあるとしか思えない。自由につくっているのに、聴く方はハマる。
渋谷:オーダー仕事は、僕は全く苦にならないですよ。
藤田:僕らは制約慣れというか、制約がないと動けない、クライアントからオリエンをもらわないと動けない体質になっているんです。
渋谷:そういう役割の人がいていいんだけど、制約を受けっぱなしのアーティストとやると薄まったものができちゃう。日本のアーティストは、海外のアーティストに比べると、異常に生活危機意識が強い人たちが多いので、オーダーに対して素直なんです。飼い慣らされやすいから、聴いていてもスポイルされたような音楽が多い。でも、広告にとっては、本当はスポイルされてないものの方がいいはずですよね、絶対。
藤田:絶対いいです。それだけで価値になって、分かりやすい方が。「そうだ 京都、行こう。」みたいな超ロングセラーCMでも、渋谷さんの音だとすぐ分かるのが不思議です。

2015年 Cosmogarden
渋谷:この前の「そうだ 京都、行こう。」も最初の何秒かで分かるっていう連絡がいくつも来ました。僕は、割とアカデミックなことをやっていたけど、あの世界は制約が多いじゃないですか、楽器編成とか。だから制約があるのは当たり前なんです。あと、音楽を聴いたときに、素のリスナーになかなかなれない。新しい音楽を聴いたときに、これどうできているんだろうとか、構造をリアライズする頭にどうしてもなるから。
藤田:音楽の聴かれ方は、これからどう変わっていくと思われますか。
渋谷:すごくイージーに消費されるものと、そうじゃないもの、二極化すると思っていて、やはりネットが鍵だなと思う。というのは、ストリーミングで現状の最高音質の規格のDSDがコンバートなしで聴けるようになると、結構いいステレオとかを持つ意味が再び出てくるし、逆にコンピューターのスピーカーでも十分いい音が聴けるから、これからはファイルなんて持つ必要ない。
ディープラーニングも、例えばDCGANっていうプログラムでもサウンドデータを高いクオリティーのまま回すのはまだ無理なんです。でも逆にMP3まで落としちゃって、コンピューターの仮想空間で計算をやらせて、最後の段階でバッと高音質に上げればいいだけじゃないかとか、東京大学の池上高志さんといろいろやっているところです。そういう仮想領域をコンピューターにつくってというのは面白いと思う。あと、建築や公共空間と音楽の関係にディープラーニングの自動生成を使うアイデアもあって、これも進めようと思ってます。
やっぱり鍵になるのはコンピューターを100%生かして音楽をつくるときに何ができるかということ。例えば今のメディアアートにつけられてる音楽を聴くと皆きれいなソフトシンセサイザーとビートで、いわゆるエレクトロニカのややゴージャスな焼き直しみたいになってるんだけど、それはあまり面白くないなと思っています。コンピューターが持つ可能性を100%出し切っているとは思えなくて、やはりコンピューターじゃないと出ない音やフォルムをつくらないとダメだなと。僕はピアノも弾くし、必要があればオーケストラも書いたり、全部やるからそうじゃないとコンピューターを使っている意味がないんです。
だから、コンピューターを軸に音楽を考えると何がノイズで何が楽音か、メロディーかとかいうのは全然重要じゃなくて、それらは並列なんです。今は音楽が多層的にレイヤーされているような音楽は減ってきてて、ひとつの音に情報量や密度、あとは快感を感じるような聴かれ方が増えている。それは現在の他のアートやテクノロジー、情報環境の影響と相互関係にあると思います。だから音楽をそれ単独の問題として考えないというか大きな枠として文化の一部にあるというのが大事な認識で、そこに流れているのがテクノロジーという共通言語なんだと考えています。
藤田:ロボットとAIの話は、まさにそういう、まだ聴いたことない音楽、鳴らされていない音ですね。その出現を待っています。僕は渋谷さんの音楽が大好きなので、今日はすごく緊張しましたが、とてもぜいたくな時間でした。本当にありがとうございました!

渋谷 慶一郎
作曲家/アーティスト
1973年生まれ。東京芸術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリースする。代表作に 「ATAK000+」「ATAK010 filmachine phonics」など。09年、初のピアノソロ・アルバム「ATAK015 for maria」を発表。2010年には「アワーミュージック 相対性理論 + 渋谷慶一郎」を発表。 以後、映画「死なない子供 荒川修作」「セイジ 陸の魚」「はじまりの記憶 杉本博司」「劇場版 SPEC~天~」、TBSドラマ「SPEC」など数多くの映像作品で音楽を担当。コンサートのプロデュースや、初音ミク主演による世界初の映像とコンピューター音響による人間不在のボーカロイド・オペラ「THE END」を制作、発表。パリ・シャトレ座や、オランダ・ホランドフェスティバルでの公演も話題となった。 最近ではJWAVEの新番組「AVALON」のサウンドプロデュースを手掛け、ヘビーローテーションされているテーマ曲が大きな話題となった。この5月にはパリでオペラ座のダンサー、ジャレミーベランガールらとのコラボレーションによる新作公演「Parade for The End of The World」が控えている。

藤田 卓也
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局 プランナー(2016年当時)
2003年4月電通入社。入社以来、イベント・スペース関連部署に所属。 イベント・スペース領域に加え、マーケティング、クリエーティブ、プロモーションなど領域にとらわれないプランニングを実践。
ホラーで、世界の感情を揺さぶる:頓花聖太郎(前編)
- August / 15 / 2017
ホラテク(ホラー×テクノロジー)って、たとえばどんなこと?
笠井:京都精華大学で講演されたときの資料をネットで見て、お会いしたいなと思いました。
頓花:いやー、講演もしてみるものですね(笑)。京都精華大学ではデザインを教えているんです。
笠井:闇はどんな会社か、教えていただけますか。
頓花:ホラーとテクノロジーで新しい体験、「恐怖感動」をつくりたいなと考えて立ち上げた会社ですけれど、僕がすごいホラーが好きというところから始まりました。親会社もテクノロジーに特化した、ウェブとかアプリを制作している会社で、そもそもテクノロジーは基本的に魔法みたいな体験がつくれるし、意外とホラーとテクノロジーの組み合わせを専業にやっている会社はあまり見当たらなかった。そこを頑張れば1等賞を取れるんじゃないかなと思って、エイプリルフールに会社を立ち上げました(笑)。
笠井:きっかけは、会社の肝試しだったんですよね。
頓花:そうです。「ホラーをテクノロジーと組み合わせて売りましょう」と会社にずっとプレゼンしていたんですけれど、社内にホラーを好きな人が全然いなくて、「そんな気色悪いことしたくないよ、もっと夢とか売っていこうぜ」みたいな感じで(笑)、僕はアウェーだった。「みんな、ホラーの魅力に気づいてへんだけちゃうか?」ということで、和歌山に社員旅行へ行くときに部下をかき集めて、上層部の意識を変えるぞと(笑)。
その時点では普通の肝試しにテクノロジーを組み合わせるのも難しかったので、そこに謎解きの要素を足して、ウオークラリーじゃないですけど、スマホで指示される地点に行ったら、次々メールが届いて指令が来るみたいなシステムをつくって、謎を解いていくというホラーイベントを突貫でつくったらすごく受けました。
僕は元々の会社の事業としてやっていけたらいいなと思っていたのですが、その会社の仕事はスタイリッシュな業種や子ども向けの事業も扱っているんですね。そこにホラーが交ざるのはどうかと。ちゃんと表現のスタイルを切り分けるような見え方をした方がいいという判断で子会社になり、あれよあれよという間に今は独立採算を果たしました。
5万円でつくったイベントと熱意で、社長の気持ちが動いた
笠井:ちなみに、その肝試しイベントにはいくらぐらいかかったのですか。
頓花:いや、安かったですよ。多分5万かかってないと思う。人件費を考えたら、それは恐ろしいことになっていますけれど。関わった社員を全員寝かさないという(笑)、ブラックな地獄を社員に味わわせているので、慰謝料とか取られたらどうするかなという話ではあるのですが。基本的にはシステムをつくって、メールとウェブサイトとナビアプリの制作のみをやったという感じです。
笠井:じゃあ5万円と熱意だけで、会社を立ち上げたんですね。
頓花:そうです。こっちが本気を見せることで、社長も本気でやろうかという話になった。会社をつくるまでの苦労は実はあまりなくて、ただ、事業の一環としてやるつもりだったので、自分が社長になるとは思っていませんでした。それが大変だなと今は思っていますけど。
笠井:立ち上げの日から、いきなり仕事が来たんですよね。
頓花:そうです。開始1時間で来ましたね。
笠井:それはどういう宣伝の仕方をされたんですか。
頓花:株式会社「闇」のウェブサイトをつくって、サイト自体が結構インパクトあった。たまたま関西の知り合いの制作会社の人のところにお化け屋敷の相談が来ていて、そのタイミングでわれわれが立ち上げたサイトを見て、ホラー専門の会社だったら信用できると思ってもらえたみたいです。

株式会社闇のサイト
笠井:検索で「株式会社」と探すと、「闇」は上位に出てきますね。
頓花:そうですね。グーグルでは、「株式会社」の検索で「闇」がレコメンドで出てくるので、ありがたいなと。ただ、全国の株式会社に迷惑をかけている(笑)。迷い込んでくる人も多いので、苦情も多いんですが。
笠井:苦情、多いんですか?
頓花:はい。主に男子中学生から、イタ電いっぱいかかってきます(笑)。肝試し的な感じなのかな。「この会社、本当にあるのかな?」みたいな。大体「あ、ほんまにあるわ!」と言ってブチッと切られるんです(笑)。
笠井:ピンポンダッシュ(笑)。
頓花:元々は親会社と同じ電話番号で共用してたんですが、いっぱいそんな電話がかかってくるから別回線にしました(笑)。
「ホラー」切り口なら、なんでも株式会社「闇」におまかせ
頓花:2015年4月に会社を立ち上げたのですが、会社の実体が分かりにくいというのもあるのかもしれないですけれど、ホラーの切り口ならどんな仕事でも飛んでくる。ホテルでホラールームをつくりたい、ホラーウェブサイトをつくりたい、ホラー謎解きさせたい、などなど。
脱毛サイトのプロモーションをホラーの切り口でとか。一方でイベントをやったりウェブサイトをつくったり、ストーリーを書いたり、使う筋肉がすごく幅広いんですね。ホラーというくくりは全部やらないといけないので、日々勉強中です。

脱毛キャンペーン
笠井:どの案件も、何かしらテクノロジーは必ず関わっているんですか。
頓花:最近、テクノロジーですらない依頼も飛んできますよ。ホラーイベントのストーリーを書いてくれとか。
笠井:世の中には、そんなにホラーを売りにしている競合がないということですね。
頓花:まだ少ないんじゃないかな。ホラー業界が狭いのか、そのおかげで結構憧れの人と会えます。五味弘文さんというお化け屋敷プロデューサーがいるんですけれど、僕は神のようにあがめていたんですが一発目の仕事で会えて、「あっ、超高速で夢がかなった!」という。
笠井:梅田お化け屋敷ですね。

梅田お化け屋敷
Jホラーには、インタラクションを引き出しテクノロジーを使う「間」がある
笠井:いろいろお仕事を見せていただくと、アメリカでよくあるようなスプラッターでバーン!みたいなものではなく、「闇」はいろいろ細やかな工夫をされていて、こだわりを感じました。
頓花:個人的には日本のホラーが好きなんです。もちろん洋画のホラーも好きですが、僕は和ホラー、Jホラーで育ってきたので。Jホラーはインタラクションとかテクノロジーが生きやすい。間や呼吸があるから。ちょっとずつ進むとか、ドアを開けるとか、そういう能動性が高いものに対してテクノロジーができることはいっぱいあるので、和ホラーとテクノロジーの相性はいいなと思っている。
笠井:いろんなものが向こうから来るというよりは、少し自分で何かアクションをして、来るな、来るな、来るな、やっぱり来たぁ、みたいなのがいいということですね。
頓花:そうなんです!
笠井:そもそもホラーを好きになったきっかけは何ですか。
頓花:もともと遊園地が大好きなんですが、僕はすごい田舎育ちだったんですね。だから、お化け屋敷って古い人形が並んでいて、出口でガスがバーッと出てくるぐらいの子どもだましなものしか見たことなかったんです。
大阪に来て「エキスポランド」というテーマパークの中で、「バイオハザード」をテーマにした、人が演じるタイプのお化け屋を体験したときに、同級生5~6人でギャーギャー言いながら、泣きそうになりながら走って出てきたんですが、出終わった後は全員で大爆笑して、すごく楽しい思い出になった。
ホラーって面白いんだと気づいて、そこからできるだけお化け屋敷を回るようになりました。
感情の揺れ、「すごく怖い」と「すごく安心する」、その落差が麻薬的に楽しくなってきたんです。でも僕は、基本はすごくビビりなんで、いまだにお化け屋敷は本当に怖いんですよ。
話題になるような、使える「ジェネレータ」をつくる
笠井:今年のエイプリルフールにやった、「応募者全員採用」も面白かった。

「闇」応募者全員採用
頓花:エイプリルフール用なので、ウソをつくツールをつくろうと。エイプリルフールって、企業がウソサイトつくるというのはいっぱいあるじゃないですか。違うアプローチとして「自分がウソをつけるツールを、つくってあげよう」と思ったんです。
株式会社「闇」に入社したといったら、その人の周りはびっくりするかなと。そう信じ込ませるようなジェネレーターをつくろうと思ったんですが、結構普通に応募が来ましたね(笑)。いまだにずっと応募が来るので、ちょっとややこしいことになっていますが(笑)。

頓花 聖太郎
株式会社闇 アートディレクター
1981年 兵庫県生まれ。元々はグラフィックデザイナー。 2011年 関西の制作会社 STARRYWORKSにアートディレクターとして入社。 大好きなホラーを仕事にすべく2015年、株式会社闇を設立。

笠井 真里子
株式会社電通 電通ライブ
2004年4月 電通入社。メディア局、プロモーション局を経て、現在のイベント&スペース・デザイン局に配属。リアル/バーチャルどちらの世界でも、共感を生み出す空間づくりを目指している。
光の特性を使い切るデザイン:岡安泉(後編)
- August / 15 / 2017
光の特性をつかみ、それを適切にデザインすること
藤田:LEDの新しい使い方については、何を考えていらっしゃいますか?。
岡安:見え方でしょうね。LEDが出てきたときの、ネガティブ側の印象というのは、光が冷たいとか汚いとか、かなりろくでもない物言いをされていた。だけど、当時は実際そうだったんです。
藤田:汚いというのは、どういう状態なんですか。
岡安:色が一色になりきらない。白だけど、ちょっとピンクっぽい白だったりして。
たまたま2010年に、東芝がヨーロッパにLEDの市場をつくりたいという話で、建築家の谷尻誠さんにミラノサローネに誘われたのですが、そのときにつくったのが、煙を流して、煙の裏側にLEDを入れて、LEDで煙の色を変えるということ。フルカラーを再現できるのがLEDのアドバンテージなので、そこをちゃんと見せようと思った。
その上で煙という流体をフィルターにすれば、色は混じり合うし、光の明るさも混じり合うので、LEDのバラつきは分からなくなる。その状況と鑑賞するための場をちゃんとつくれば十分感動できるものになると思った。つまり、LEDと人間の距離感をどう縮めるということをやった。そういう実験を今もやり続けているという感じです。

2010
Toshiba Milano Salone “Lucèste”
サポーズデザインオフィス
藤田:ピンチをチャンスに変えるというか、すごく面白いですね。流体といえば、2011年の東芝の水の作品もそうですよね。
岡安:そうですね。
建築家の田根剛さんとやったんですが、LEDの特徴の一つに高速応答性があって、信号を送るとすぐそれに反応する。それまでの光源はオン・オフとか調光とかすると、寿命にダイレクトに影響があったけど、LEDにはそれがない。その価値を魅力に変えたくて、ただ筋状に滝みたいに落ちている水に高速点滅するLEDの光を当てると、すごく小さな火花が空中に舞っているように見える。火花が明滅しているような見え方になるんです。

2011
Toshiba Milano Salone “Luce Tempo Luogo”
DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS
©Daici Ano
光は「ポータブルなもの」になり得るか?
藤田:次に狙っている方法論はありますか。
岡安:今、大きく目標に置いているのは、ポータブルなもの。例えば歴史をずっと遡って、百数十年前まで遡ると、火を使っていた時代までいくじゃないですか。そのころは、例えばろうそく1本だとしたら、それを中心に20センチ四方ぐらいで、せいぜい20ルクスの明るさしかとれないんです。それが現代の技術をもってすると、例えば六畳間に60ワットの電球1個あれば、くまなく同等の明るさがとれる。
想像ですが、白熱電球が生まれたときに、電球を前提に生活を変えていくというデザインの流れの中で、電球にふさわしい器具の形やいろんなものが決まっていったのではないかと思っています。その上で白熱電球の特徴を生かして、ダウンライトという形状ができたり、スポットライトみたいなものができたり。明かりに火を使っているころは、常に体のそばにあって火と人間が1対1で動いていますよね、空間に1個じゃなくて。
白熱電球が使えるようになってハイパワーなものができて、遠くから照らしても十分明るさがとれるから手元にある必要ないし、それ自身は熱いものだし感電もするから、白熱電球の特性を生かすという意味で照明器具が天井に向かっていったんだと思う。でもLEDはもともと弱電で、直流で動く半導体なので、感電の心配もないし発熱も小さくなっている。
そのようにエンジニアリングが進化したのだから、光がポータブルなものになってもいいんじゃないかと。みんなのポケットにはケータイもあるし、ケータイが光源になったって構わないというふうに考えていくと、光のポータブル化で次の豊かな何かがデザインできないかなと思っています。
それとは別に個人的な興味としては、流体にも相変わらず止まらない興味があるんですが、物の解像度にすごく興味があって。現象の解像度が変わるという行為で、人間の原初的な感情を揺さぶる何かをつくりたいなと、ずっと考えています。
今、春日大社の国宝館の常設で、インスタレーションをやらせてもらえることになっていて、10月1日から公開です。常設なので期間限定のいろいろな試みもやっていきたいと思っています。
テクノロジーを科学者に任せていると、生活の豊かさにはならない
藤田:世界的にテクノロジーとうまく付き合おうという機運がすごく高いですが、岡安さんはテクノロジーとどう向き合っていますか。
岡安:テクノロジーの活用方法を技術者とか開発者だけに任せておくと、人間をコントロールするような世界観に行きがちで、豊かさとリンクしない場合が往々にしてあると思うんです。一歩先のライフスタイルみたいなものをちゃんとデザインしておいた中にはまるテクノロジーじゃないと、生活が苦しいものになってしまうような気がします。
朝トイレで用を足すことによって健康状態が分かるといったときに、わざわざ健康チェックのためにトイレに行かなきゃいけないみたいなことが義務化するとか、人間を支配するような動きになりかねないですよね。だから、常に先回りしたビジョンをちゃんと考えておかなきゃいけないということだと思うんです。いったんテクノロジーが関係ないところで、究極気持ちいい暮らしとか、究極気持ちいいピクニックの仕方とかを常に考えて、そこにテクノロジーをどう当てはめるかというふうに考えていかないと、結局どちらもほどほどのものになっちゃう。
普段の仕事でもそうですが、クライアントからのオファーありきで物事を考え始めると、その範疇でのぎりぎりのものにしかならない。でも日常のいろんな行為への究極アイデアを僕なりに考えておくと、あるオファーが来たときに、それにかぶせることができる。
視覚以外の、「五感」の二つ目は必ず用意しておく
藤田:視覚は人間の体感に強く影響を与えるけど、照明で視覚以外のところにアプローチする、例えばダイレクトに触覚にアプローチするわけではないけど、あたかも触ったような感じになるとか、他の聴覚的な何かとか、そこらへんで目がある方法論はありますか。
岡安:難しいなあ。ただ、少なくとも僕がミラノでやるようなインスタレーションとか、今回の春日大社の作品でもそうですけれど、五感のうちの二つ目は必ず何か見つけておかないといけないというのが常にありますね。特にインスタレーションの場合は、視覚だけというのはだめで、五感のうちの二つ目を必ずうまく組み込んでおかないと、感動にまではたどり着けない。
二つ目が何になるかというのはすごく重要で、建築家の谷尻誠さんとやったときだと、前室の床に段ボールのチップを敷ことで、足から感じる感覚をまず変えちゃう、ということを谷尻さんがデザインしました。その空間に入る前の心の準備みたいなことかもしれないんですが、五感のうちの視覚は当然僕がやるとして、その次の第二感、第三感をちゃんと意識してコントロールするというのをやらないとうまくいかないですね。毎回違うんですけどね。何をターゲットにするかというのは。

2010
Toshiba Milano Salone “Lucèste”
サポーズデザインオフィス
岡安:そこで見えているものが美しいプラス、つい考えてしまうという、頭を使いたくなってしまうような状況をちゃんと用意しておくと、五感のうちの触覚だとか味覚はコントロールしていなくても、十分に二つ目の感覚を揺さぶるものになるんじゃないかなとも思っていて、春日大社で今やっている作品に関して言うと、「信仰の場」として、自然に考えたくなっちゃうような状況を作品で用意している。考えるための誘導を、見た目の次に用意しているという感じです。
藤田:僕がプランニングで、どういうものに出合ってもらうかをデザインするときも、それがモチベーションをデザインするというところまで落ちていないと、刹那的というか消え物的になってしまう。考えさせるデザインという発想は、目ウロコです。岡安さんにも、難産だった仕事なんてありますか。

岡安:結局一番難産なのは、ただ普通の照明計画をして終わったものですね。思い悩んで苦しんで、苦しんだけど何もできませんでしたというのは、ただの照明計画になってしまうんですよね。
僕の仕事も多分半数ぐらいは実はそうなってしまっていて、何か価値のある提案を提供したいし、こういうことをやりたいと思ってもいたけど、予算がこれしかないとかの条件でできないとか、施主さんを説得しきれなくてグレードが下がってしまったりします。何でもないものをつくるということが一番苦しくて、出来上がりを見るのもつらい。
藤田:深いなあ。他の人の仕事で、「これはやられた」と感じたものってありますか。
岡安:僕は、デザインに興味があって始めたんじゃないので、あまり人の情報を知らない。多分、経験と知識のない中でやると、人と違うものができるということなんじゃないかな。下手に知らないのが、いい側に働いている可能性はありますね。
藤田:距離感は大事ですよね。普段の生活の中で、一番興味があることは何ですか。
岡安:何だろう。やっぱり光かな。光だったり、水だったり…。趣味ないんですよ、僕。普段何やっているかというと、隅田川の光の反射を見ていたりとか。なんかだめな人間なんです(笑)。何となく、いつも光を見ていたりします。雨の日の街灯をずっと見るとか。
藤田:まさに岡安さんにとって照明デザインは天職ですね! 今日は本当にありがとうございました。

岡安 泉
岡安泉照明設計事務所 照明デザイナー
1972年神奈川県生まれ。1994年日本大学農獣医学部卒業後、生物系特定産業技術研究推進機構、照明器具メーカーを経て、2005年岡安泉照明設計事務所を設立。 建築空間・商業空間の照明計画、照明器具のデザイン、インスタレーションなど光にまつわるすべてのデザインを国内外問わずおこなっている。 これまで青木淳「白い教会」、伊東豊雄「generative order-伊東 豊雄展」、隈研吾「浅草文化観光センター」、山本理顕「ナミックステクノコア」などの照明計画を手掛けるほかミラノサローネなどの展示会において多くのインスタレーションを手掛けている。

藤田 卓也
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局 プランナー(2016年当時)
2003年4月電通入社。入社以来、イベント・スペース関連部署に所属。 イベント・スペース領域に加え、マーケティング、クリエーティブ、プロモーションなど領域にとらわれないプランニングを実践。
感覚を工学する。「体験」は拡張できる!:前田太郎(後編)
- August / 22 / 2017
人間とは、コンパスの入っていないスマホ?
日塔:次のトピックスは、前庭器官と前庭電気刺激についてなんですが、そもそも前庭器官というのはどういう器官なのですか。
前田:前庭器官というのは平衡器官のことで、平衡器官とはどこにあるかというと、内耳、音を聞いている耳の奥の、音を捉えている渦巻管の上にひっついているものです。解剖図では、前庭器官と渦巻管をセットにして内耳と言いますね。実は、その装置の下の半分の渦巻状になっているものだけ音を聞いていて、それと似通った器官だけど、全然形だけは違う器官が上に乗っていて、それが平衡感覚。いわゆる重力と回転加速度を捉えている。
http://hiel.ist.osaka-u.ac.jp/cms/index.php/services
日塔:下は音を聞いているんだけど、上は平衡感覚をつかさどっている。三半規管というのも、前庭器官の一部ですか。
前田:前庭器官は、三半規管と耳石器官になります。三半規管の方は、人間の回転を捉えていて、耳石は重力加速度を捉えている。重力だけじゃなくて、人間が動いたときの加速度も一緒に入ってくる。それはいわゆるスマホでいうと、皆さんが使っているジャイロと加速度センサーの二つです。スマホに入っていて人間には入っていないのが、コンパスですね。地磁気の方向を捉えるセンサー。
日塔:ああ、面白いですね。スマホは、そこはセンサーとして人間より優れているということですね。人間には地磁気センサーがない。なるほど、だから人間は方向音痴になっちゃうんですね。
前田:伝書鳩の研究で、ハトにはあるんじゃないかという説があるけれど、いまだに生物学の中でも結論が出ていないです。鳥が何で夜間飛行ができるのか。鳥目なのに何で方向が分かるんだろう、地磁気が分かっているんじゃないかという説があります。
日塔:先生が前庭器官に注目されたきっかけは何ですか。
前田:人間の感覚を捉えて、なおかつそれを入力する手段を探していた。五感全部そろえてやろうと思った中で、平衡感覚は普通では手出しのしようがないなと思った。
日塔:五感の中に、平衡感覚は通常は含まれない。
前田:五感という言い方自体、人間の感覚を捉える言葉としてはふさわしくない。内耳というのは、頭蓋骨の中に埋もれているのです。頭蓋骨の中は脳で、外は皮膚です。その間の骨の中に穴があいていて、その中に内耳が詰まっているんですよ。
日塔:脳と耳ってつながっているという感じですね。
前田:そう。だって、頭蓋骨は耳の穴から脳の部屋まで穴が全部一つでつながっていますから。その中間に骨の中に埋もれているのが内耳で、それがある場所が乳様突起です。
前庭電気刺激に関しては、われわれが研究する5年前くらい(2000年前後)にはすでに発見されていました。真っ先に使われたのは耳鼻科ですが、あまり流行らせずすたれ始めていました。というのも、あまりに強烈に利くので医学的な検査目的には使えなかったのですが、私たちはそこに注目しました。
日塔:耳の後ろにシールみたいな小型装置を貼り付けるだけで体験できると聞いてすごいなと思っていて、どれだけ軽量な装置にできるのでしょうか。
前田:われわれは研究者なので製品化を狙っているわけではなく、どこまで小型化できるかを究極で目指していないですけれど、可能性としては電池と回路は既存の技術を使えば、ほぼどこまででも小さくできる。電力としての十分な電池さえ手に入ったら。
日塔:電池のサイズ?
前田:恐らく、電極のサイズまで小さくなるでしょうと。でも結局、電極をどれだけ小さくしていくかの方は、ある種の限度があって…。なぜかというと、痛いんですよ。
日塔:小さくすると大きな刺激を与えなければいけないから。
前田:そうです。そういう意味においては、あくまで小型化の究極を言われたら電極のサイズ、人が痛がらない電極のサイズまでということになります。
臨場感とは、マルチモーダルにおける違和感のない状態
日塔:視覚を中心としたVRは今すごく注目を浴びていますけれど、その他の感覚、例えば聴覚含む耳周りのVRみたいなことに関して、今のブームとはちょっと違った可能性を感じています。
前田:恐らくおっしゃっている感覚は、実は平衡感覚だけ、視覚だけに限ったことではなくて、バーチャルリアリティーの本質というのは、マルチモーダルといわれる複数の感覚が全部一つの現実を指していること。すなわち見えているものと聞こえているものが、例えばここで何かが鳴っているならば、音がここだと示している、見ているものがここだと示している。「あっ、今、音が同時に変化した。見えているものが変化した。だからこれはここにあるものなんだ!」という、複数の感覚の一致なんです。
日塔:いろんなセンサーを使っていますよ、ということですね。
前田:人間が感じる臨場感というものは何かというのを、ずっとバーチャルリアリティ学会でも語られてきていて、マルチモーダルにおける違和感のない状態、すなわち全ての感覚が同じ事実を指し示している状態を指して、われわれは臨場感と呼んでいる。恐らく今流行しているVRは、ようやく自分の体の動きと視覚の動きが一致しただけの、二つだけのマルチモーダルなんです。そこに三つ目が入ってくると、臨場感のレベルがポーンと上がる。それが多分、今の分野では物足りない最たるものです。
まさにそこから音が聞こえたよ、そこに触れたよ、さらに言うと、今その動きをした平衡感覚が来たよ、というところまで来ると、本当のリアルに近づいてくる。バーチャルリアリティーに求められていることはそれなのでしょうね。
バーチャルリアリティーというのは、リアルな方が酔わないんですよ。今のVRはリアルが崩れるから酔っている。例えばゲーム酔いというのは、大きなテレビの前では、映像は自分が揺られているかのように動いているのに、自分自身が揺れていないから酔うんです。見ながら同時に自分も揺れていれば、実は酔わないでちゃんとリアルに感じる。
日塔:今のお話でいうと、アクションが激しくなればなるほどそれに合わせて前庭電気刺激で揺れと平衡感覚を同調させれば、逆に酔わなくなるということですね。
人工知能で、感情はつくれるか?
日塔:今はヘッドマウントディスプレーが、イコールVRみたいになっていると思うんですが、先生の考える触覚とか平衡感覚とか、嗅覚、味覚、そういったものまで踏み込んだウエアラブルデバイスというのは、実装や量産の例がありますか。
前田:それぞれ要素技術はやっています。例えば味覚や嗅覚は、実際に味覚物質を準備して、鼻や口に入れるというのは既にある。でも物質は刺激を与えるのは得意ですが、消したり入れかえるのが苦手。要は一度においを嗅がしちゃうと、そのにおいを消すのが難しい。電気刺激のいいところは、現物がほとんど存在しないので、すぐに消せることですね。出したり消えたり、すぐできる。だから味覚も、ほとんど味がしないアメか何かをなめておいてもらって、その状態で電気刺激をすると、その味が突然現れたり消えたりするというのができるんです。
日塔:今まで「感覚」について伺いましたが、もう一つ、センサーで「感情」にアプローチできないかと考えています。前田先生は「感覚」を工学的につくり出すという研究をされていますが、「感情」を工学的につくり出すことも可能だと思いますか。
前田:うちが取り扱っている研究テーマの本道ではないですね。今のところ、感情の定義に科学自体が失敗しているに近い。やはりホルモンや何かの応答、すなわち人間の感情って、一番影響を受けるのは薬物なんです。薬物というと聞こえは悪いですけども、人間自身がホルモンやフェロモンを持っているので、それに簡単に誘導されてしまう。
日塔:なるほど。自分自身で怒っているとか喜んでいるとかと思っているつもりが、かなりホルモンに影響されている。
前田:人間の誘導で一番怖いのは、化学物質を使うことですよ。それをやると大半の感情は誘導できてしまう。それを避ければかなり安全性は高まりますが,今度はだんだん儀式めいた感情の誘導になってきてしまう。例えば、前庭電気刺激のデモでどうしても体験者が長時間やりたがるので、現在はやめているのが音楽との連動です。最初は、音楽と連動させたら評判が良かったのです。リズムに合わせて人間の体が震える状態をつくると、まるで踊っているかのような感覚が出るから。ところが逆に、踊る習慣がない人たちが酔って気持ち悪いと言いだして。研究としてはストップした。
日塔:その一方で小学生の時を思い出すと、キャンプファイアや運動会でみんなで同じ動きで踊ると、言葉にできない不思議な高揚感や連帯感が生まれますよね。きちんと事前に理解して、倫理的な問題をクリアできれば、体験の拡張、感情の拡張として興味深い現象だと思います。
生物としての人間はいつかAIに世代交代する、心の準備はできていますか?
日塔:最後になりますが、人工知能全体について伺います。今後AIはどのように進化していくと思いますか?
前田:アルファ碁が出た時点でわれわれが考えるべきは、今まで人間が判断して正しいと思っていたことを、もう一度疑ってみるべき段階に来たと。過去に人間が判断して、明らかだよね、でも数学的証明じゃないよねと言っていたことは、もう一遍AIに見せてみるべきところに来たと思います。AI技術といわれているディープラーニングを含むパターン認識技術が、これから大きく実用の世界に入り込んでくる。それによって起こるパラダイムシフト。人間の機能の一部はAIに置き換えられていく。結局、いつまでも人間が文明のトップじゃないよねというのはあります。
私は、どちらかというとシンギュラリティーは怖くないと思っていて。生物としての人類が永遠に続くということを私は期待しているわけではなく、もし人類が人間の枠組みに限界を感じて、自分たちが生み出したAIにその座を譲る気ができたならば、いよいよ楽隠居を決め込んで次世代に任せるという、生物として霊長としての世代交代をする時期が来るかもしれません。それを不幸と思うかどうかは別の問題ですけれど。
日塔:人間は、むしろ安心できるかもしれない。
前田:そう、要はいい後継ぎを育てることに成功すれば、ある意味社会を安心して後継ぎのAIに任せられる。シンギュラリティーが怖いって大騒ぎしているけど、それはそれでただの世代交代以外の何物でもないと思いませんか?
日塔:おっしゃっているシンギュラリティーはカーツワイルの言う、ナノボットが一人一人の人間の体の中に入って機械と融合する、みたいな話とは別ですか?
前田:ナノボットというよりは、世間ではロボットが人間の世界に出てきて、人間に取って代わるのが怖いというイメージですね。本当に怖いことですか、個人レベルでは普通に起こっていることですよという話です。例えば自分が子どもを育てて、やがて子どもに凌駕されるという、シェークスピア以来の恐怖と全く同じ不安で騒いでいませんかと。結局のところ自分の老後も見てくれる、いい子にAIを育てるしかないじゃないですか。科学技術は人間が生み出すものなので、自分の子どもをいい子に育てられるかどうかだけ心配していればいいんです。それが科学者としての私の見解です。
日塔:明快ですね。ぜひ今後も研究の行方をキャッチアップさせていただきたいです。今日はとても勉強になりました、ありがとうございました。

前田 太郎
工学博士
1987 年東京大学工学部卒業。同年通産省工業技術院機械技術研究所。 92 年東京大学先端科学技術研究センター助手。94 年同大学大学院工学系研究科助手。 97年同研究科講師。2000年同大学大学院情報学環講師。02 年NTT コミュニ ケーション科学基礎研究所主幹研究員。07 年大阪大学大学院情報科学研究科教授を務め、現在に至る。 人間の知覚特性・神経回路のモデル化、テレイグジスタンスの研究に従事。

日塔 史
株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター 電通ライブ 第1クリエーティブルーム
「体験価値マーケティング」をテーマにしたソリューション開発を行う。 日本広告業協会懸賞論文「論文の部」金賞連続受賞(2014年度、2015年度)。

頓花 聖太郎
株式会社闇 アートディレクター
1981年 兵庫県生まれ。元々はグラフィックデザイナー。 2011年 関西の制作会社 STARRYWORKSにアートディレクターとして入社。 大好きなホラーを仕事にすべく2015年、株式会社闇を設立。

笠井 真里子
株式会社電通 電通ライブ
2004年4月 電通入社。メディア局、プロモーション局を経て、現在のイベント&スペース・デザイン局に配属。リアル/バーチャルどちらの世界でも、共感を生み出す空間づくりを目指している。
音楽とは空間と時間をつくること:渋谷慶一郎(後編)
- July / 31 / 2017
「スケアリー・ビューティー」を、無限大に拡張するためのテクノロジー
藤田:ボーカロイド・オペラもやられていますが、どんなふうにテクノロジーを捉えていらっしゃるのか。作品に取り込む際のスタンスを教えていただけますか。
渋谷:例えば、最近パリで新しいプロジェクトの打ち合わせをしているときによく口にしているのが「スケアリー・ビューティー」という言葉なんです。不気味だけど美しい、気持ち悪いけど感動するとか。テクノロジーはこの方向性を拡張するのに使いたいし、そこに可能性を感じています。当たり前だけど、新しい技術を使うことが大事なんじゃなくて、表現として何がしたいかが大事なんです。日本はそうでもないけど、特にヨーロッパは良くも悪くも何を言いたいかというのが明確にない作品は「何、それ」という感じになるし、実際それは「何、それ」なんですよね(笑)。
ただ、テクノロジーが表現の中心にあると「カッコよく」なりやすい。ミニマリスティックだったり、「カッコいい」アートを生むのにひたすら使われてるし、実際それは向いている。基本がゼロイチでコピー&ペーストだから。
でも、「カッコいい」は上書きされやすいしすぐに更新されちゃう。それは「カッコいい」の鍵になっている精度という基準がそもそも更新されるのを前提に存在しているからです。結果的にテクノロジーとカッコいいの組み合わせはその精度が占める割合がほとんどだからすぐに古くなるんです。 それに比べると不気味なものの強さというのはあって、それはここ50年くらいは見過ごされてきた感があるけど、テクノロジーを軸に見直してもいいと思ってるんです。例えばピカソの絵は決して自宅に飾りたいようなものではないけど、ある種の不気味さと強さが残る。この方向性は今までのテクノロジーとアート、音楽の関係でいうとカオスとかノイズになりやすかったんだけど、そうじゃなくてグニャグニャに曲がってて不気味なんだけど美しい音楽みたいなものが可能になってきた気がしていて、僕は今ソロアルバムがつくりたいんです(笑)。なんか没頭するに足る世界がある気がしてきたというか。
藤田:確かに、渋谷さんのボーカロイド・オペラ「THE END」を見たとき、僕も和の怪談の持っている怖さを雰囲気で感じました。
渋谷:「THE END」はパリでやったときも日本的だと言われましたよ。むしろ怪談的なのかな(笑)、僕は全然意識してなかったけれど悪くないなと思っています。

2015年 wayofrabbit
AIを載せたロボット2人が、相互進化で音楽をつくってみる
渋谷:AIも、その方向で捉えているのです。アンドロイドをボーカリストにして、オーケストラ伴奏とかコンピュータを使ってというのをずっと進めていて、もしかしたら年末あたりにできるかもしれない。ただ、究極的にはロボットを2台つくって、部屋に閉じ込めておいて相互進化するようなAIを載せてということをやらないと面白くならないだろうなとは思っていて。これはかなり難しいとは思うんだけど、それで2人の関係の中で音楽ができちゃっているみたいなものになったとき、全く新しい芸術になる。
藤田:人が介在しない作曲、音楽…。
渋谷:そう、人が入る余地がない関係性の音楽作品を、人が聴く。
藤田:どういうロボットをどうつくるのかというところに、渋谷さんのアイデアが反映されるわけですか。
渋谷:僕は、誰々にそっくりなロボットとかは、限界があるなと思っています。というのは、初音ミクというのはキャラクターだから強いわけで、何かにそっくりなロボットはキャラクターにはなり得ないから。例えばレディー・ガガのロボットのTシャツと、レディー・ガガ自身のTシャツ、どっちを買うかといったら、本人のTシャツを買いますよね。それが「キャラクター」であるということだから。
だから、完全に人間に似せているだけのロボットではなくて、半物体半人間みたいな、機械と人間の境界を超えたものをつくりたいと思っている。そんなロボットが独唱で歌っていて、人間のオーケストラが伴奏するコンサートをやるとか面白いなと思っています。
プログラミングにも魂は宿る
藤田:最近は、ディープラーニングも話題になっていますね。
渋谷:ディープラーニングというのは、要するにビッグデータをどう扱うかということですよね。
この間「MEDIA AMBITION」をやるときに、僕の10年間分のサウンドファイルを東大でディープラーニングしてもらったのです。それでノイズをつくったけど、センスのいい学生がやると、やはり面白いノイズができる。だから、プログラムにも魂は宿ると思った。
藤田:ある種の指向性というか、ディレクションができるわけですね。
渋谷:そう、それは絶対出てくる。ディープラーニングでつくったデータは、意図的に一つの公式でつくったノイズよりは複雑というか、変にスカスカ感と複雑さが同居しているような、今までにちょっと聴いたことがないものになった。で、こういう超カッティングエッジなことはできるけれど、僕はそこからさらに、マスというか、汎用性に落としていきたいんです。
僕は分かる人だけ分かればいいとは全然思ってないんです。広告の音楽も含め大体自由にさせてもらっているから、マス向けの作品を自分の演奏会でも弾くし、アルバムに入れたりすることもある。でも、広告にありがちなマスのために仕事でつくった音楽なんて、誰も聴きたくないですよ。音楽をつくるというのは、自分が自分じゃない何かの直感とつながる瞬間がないとできなくて、そのつながる、天から降りてくるものの周りの容積をどれだけ増やしてあげるかということなのです。その容積をどういう形、色にするかをチューニングする。
藤田:渋谷さんのつくっていらっしゃるクリエーションは、感情に直撃する感じがしていて、メッセージももちろん届くんですけれど、それよりも先に感情が動かされているというか、つかまれている感じがします。そこに、計算はどの程度あるんですか?
渋谷:衝動があって、さらに計算がすごい速さでついてくるときがある。そのときは、血管がドクドクいって「あ、来てる、来てる、来てる…」と思う。
ノイズミュージックは人間の認知を、ある段階で超える
藤田:CMの曲や、僕も大好きなドラマ「SPEC」の音楽とか、オーダーがあって向き合うクリエーションへのスタンスも教えてもらってもいいですか。
渋谷:僕にとっては、条件が全くないクリエーションというのはない。自分のソロにしたって、発表形態はどうなのかということは絶対付きまとうから。僕は、こういう感じにしてとか、あの曲みたいにしてという発注はされないで済んでいるので、大体好きなようにつくらせてもらっているんです。だから、ほとんど差がないかな。
ドラマとかCMって覚えやすい方がいいじゃないですか。覚えやすい方がいい曲をつくるときに、ピアノの名曲を思い浮かべるとだめなんですよ、パクリになるから。僕には得意技があって、全然関係ないブラックミュージックのすごくいい曲の断片をちょっと想像して、一度忘れた後にピアノを弾くといいのができたりする(笑)。
藤田:渋谷さんから生まれる音楽そのものに、何かがあるとしか思えない。自由につくっているのに、聴く方はハマる。
渋谷:オーダー仕事は、僕は全く苦にならないですよ。
藤田:僕らは制約慣れというか、制約がないと動けない、クライアントからオリエンをもらわないと動けない体質になっているんです。
渋谷:そういう役割の人がいていいんだけど、制約を受けっぱなしのアーティストとやると薄まったものができちゃう。日本のアーティストは、海外のアーティストに比べると、異常に生活危機意識が強い人たちが多いので、オーダーに対して素直なんです。飼い慣らされやすいから、聴いていてもスポイルされたような音楽が多い。でも、広告にとっては、本当はスポイルされてないものの方がいいはずですよね、絶対。
藤田:絶対いいです。それだけで価値になって、分かりやすい方が。「そうだ 京都、行こう。」みたいな超ロングセラーCMでも、渋谷さんの音だとすぐ分かるのが不思議です。

2015年 Cosmogarden
渋谷:この前の「そうだ 京都、行こう。」も最初の何秒かで分かるっていう連絡がいくつも来ました。僕は、割とアカデミックなことをやっていたけど、あの世界は制約が多いじゃないですか、楽器編成とか。だから制約があるのは当たり前なんです。あと、音楽を聴いたときに、素のリスナーになかなかなれない。新しい音楽を聴いたときに、これどうできているんだろうとか、構造をリアライズする頭にどうしてもなるから。
藤田:音楽の聴かれ方は、これからどう変わっていくと思われますか。
渋谷:すごくイージーに消費されるものと、そうじゃないもの、二極化すると思っていて、やはりネットが鍵だなと思う。というのは、ストリーミングで現状の最高音質の規格のDSDがコンバートなしで聴けるようになると、結構いいステレオとかを持つ意味が再び出てくるし、逆にコンピューターのスピーカーでも十分いい音が聴けるから、これからはファイルなんて持つ必要ない。
ディープラーニングも、例えばDCGANっていうプログラムでもサウンドデータを高いクオリティーのまま回すのはまだ無理なんです。でも逆にMP3まで落としちゃって、コンピューターの仮想空間で計算をやらせて、最後の段階でバッと高音質に上げればいいだけじゃないかとか、東京大学の池上高志さんといろいろやっているところです。そういう仮想領域をコンピューターにつくってというのは面白いと思う。あと、建築や公共空間と音楽の関係にディープラーニングの自動生成を使うアイデアもあって、これも進めようと思ってます。
やっぱり鍵になるのはコンピューターを100%生かして音楽をつくるときに何ができるかということ。例えば今のメディアアートにつけられてる音楽を聴くと皆きれいなソフトシンセサイザーとビートで、いわゆるエレクトロニカのややゴージャスな焼き直しみたいになってるんだけど、それはあまり面白くないなと思っています。コンピューターが持つ可能性を100%出し切っているとは思えなくて、やはりコンピューターじゃないと出ない音やフォルムをつくらないとダメだなと。僕はピアノも弾くし、必要があればオーケストラも書いたり、全部やるからそうじゃないとコンピューターを使っている意味がないんです。
だから、コンピューターを軸に音楽を考えると何がノイズで何が楽音か、メロディーかとかいうのは全然重要じゃなくて、それらは並列なんです。今は音楽が多層的にレイヤーされているような音楽は減ってきてて、ひとつの音に情報量や密度、あとは快感を感じるような聴かれ方が増えている。それは現在の他のアートやテクノロジー、情報環境の影響と相互関係にあると思います。だから音楽をそれ単独の問題として考えないというか大きな枠として文化の一部にあるというのが大事な認識で、そこに流れているのがテクノロジーという共通言語なんだと考えています。
藤田:ロボットとAIの話は、まさにそういう、まだ聴いたことない音楽、鳴らされていない音ですね。その出現を待っています。僕は渋谷さんの音楽が大好きなので、今日はすごく緊張しましたが、とてもぜいたくな時間でした。本当にありがとうございました!

渋谷 慶一郎
作曲家/アーティスト
1973年生まれ。東京芸術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリースする。代表作に 「ATAK000+」「ATAK010 filmachine phonics」など。09年、初のピアノソロ・アルバム「ATAK015 for maria」を発表。2010年には「アワーミュージック 相対性理論 + 渋谷慶一郎」を発表。 以後、映画「死なない子供 荒川修作」「セイジ 陸の魚」「はじまりの記憶 杉本博司」「劇場版 SPEC~天~」、TBSドラマ「SPEC」など数多くの映像作品で音楽を担当。コンサートのプロデュースや、初音ミク主演による世界初の映像とコンピューター音響による人間不在のボーカロイド・オペラ「THE END」を制作、発表。パリ・シャトレ座や、オランダ・ホランドフェスティバルでの公演も話題となった。 最近ではJWAVEの新番組「AVALON」のサウンドプロデュースを手掛け、ヘビーローテーションされているテーマ曲が大きな話題となった。この5月にはパリでオペラ座のダンサー、ジャレミーベランガールらとのコラボレーションによる新作公演「Parade for The End of The World」が控えている。

藤田 卓也
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局 プランナー(2016年当時)
2003年4月電通入社。入社以来、イベント・スペース関連部署に所属。 イベント・スペース領域に加え、マーケティング、クリエーティブ、プロモーションなど領域にとらわれないプランニングを実践。
ホラーで、世界の感情を揺さぶる:頓花聖太郎(前編)
- August / 15 / 2017
ホラテク(ホラー×テクノロジー)って、たとえばどんなこと?
笠井:京都精華大学で講演されたときの資料をネットで見て、お会いしたいなと思いました。
頓花:いやー、講演もしてみるものですね(笑)。京都精華大学ではデザインを教えているんです。
笠井:闇はどんな会社か、教えていただけますか。
頓花:ホラーとテクノロジーで新しい体験、「恐怖感動」をつくりたいなと考えて立ち上げた会社ですけれど、僕がすごいホラーが好きというところから始まりました。親会社もテクノロジーに特化した、ウェブとかアプリを制作している会社で、そもそもテクノロジーは基本的に魔法みたいな体験がつくれるし、意外とホラーとテクノロジーの組み合わせを専業にやっている会社はあまり見当たらなかった。そこを頑張れば1等賞を取れるんじゃないかなと思って、エイプリルフールに会社を立ち上げました(笑)。
笠井:きっかけは、会社の肝試しだったんですよね。
頓花:そうです。「ホラーをテクノロジーと組み合わせて売りましょう」と会社にずっとプレゼンしていたんですけれど、社内にホラーを好きな人が全然いなくて、「そんな気色悪いことしたくないよ、もっと夢とか売っていこうぜ」みたいな感じで(笑)、僕はアウェーだった。「みんな、ホラーの魅力に気づいてへんだけちゃうか?」ということで、和歌山に社員旅行へ行くときに部下をかき集めて、上層部の意識を変えるぞと(笑)。
その時点では普通の肝試しにテクノロジーを組み合わせるのも難しかったので、そこに謎解きの要素を足して、ウオークラリーじゃないですけど、スマホで指示される地点に行ったら、次々メールが届いて指令が来るみたいなシステムをつくって、謎を解いていくというホラーイベントを突貫でつくったらすごく受けました。
僕は元々の会社の事業としてやっていけたらいいなと思っていたのですが、その会社の仕事はスタイリッシュな業種や子ども向けの事業も扱っているんですね。そこにホラーが交ざるのはどうかと。ちゃんと表現のスタイルを切り分けるような見え方をした方がいいという判断で子会社になり、あれよあれよという間に今は独立採算を果たしました。
5万円でつくったイベントと熱意で、社長の気持ちが動いた
笠井:ちなみに、その肝試しイベントにはいくらぐらいかかったのですか。
頓花:いや、安かったですよ。多分5万かかってないと思う。人件費を考えたら、それは恐ろしいことになっていますけれど。関わった社員を全員寝かさないという(笑)、ブラックな地獄を社員に味わわせているので、慰謝料とか取られたらどうするかなという話ではあるのですが。基本的にはシステムをつくって、メールとウェブサイトとナビアプリの制作のみをやったという感じです。
笠井:じゃあ5万円と熱意だけで、会社を立ち上げたんですね。
頓花:そうです。こっちが本気を見せることで、社長も本気でやろうかという話になった。会社をつくるまでの苦労は実はあまりなくて、ただ、事業の一環としてやるつもりだったので、自分が社長になるとは思っていませんでした。それが大変だなと今は思っていますけど。
笠井:立ち上げの日から、いきなり仕事が来たんですよね。
頓花:そうです。開始1時間で来ましたね。
笠井:それはどういう宣伝の仕方をされたんですか。
頓花:株式会社「闇」のウェブサイトをつくって、サイト自体が結構インパクトあった。たまたま関西の知り合いの制作会社の人のところにお化け屋敷の相談が来ていて、そのタイミングでわれわれが立ち上げたサイトを見て、ホラー専門の会社だったら信用できると思ってもらえたみたいです。

株式会社闇のサイト
笠井:検索で「株式会社」と探すと、「闇」は上位に出てきますね。
頓花:そうですね。グーグルでは、「株式会社」の検索で「闇」がレコメンドで出てくるので、ありがたいなと。ただ、全国の株式会社に迷惑をかけている(笑)。迷い込んでくる人も多いので、苦情も多いんですが。
笠井:苦情、多いんですか?
頓花:はい。主に男子中学生から、イタ電いっぱいかかってきます(笑)。肝試し的な感じなのかな。「この会社、本当にあるのかな?」みたいな。大体「あ、ほんまにあるわ!」と言ってブチッと切られるんです(笑)。
笠井:ピンポンダッシュ(笑)。
頓花:元々は親会社と同じ電話番号で共用してたんですが、いっぱいそんな電話がかかってくるから別回線にしました(笑)。
「ホラー」切り口なら、なんでも株式会社「闇」におまかせ
頓花:2015年4月に会社を立ち上げたのですが、会社の実体が分かりにくいというのもあるのかもしれないですけれど、ホラーの切り口ならどんな仕事でも飛んでくる。ホテルでホラールームをつくりたい、ホラーウェブサイトをつくりたい、ホラー謎解きさせたい、などなど。
脱毛サイトのプロモーションをホラーの切り口でとか。一方でイベントをやったりウェブサイトをつくったり、ストーリーを書いたり、使う筋肉がすごく幅広いんですね。ホラーというくくりは全部やらないといけないので、日々勉強中です。

脱毛キャンペーン
笠井:どの案件も、何かしらテクノロジーは必ず関わっているんですか。
頓花:最近、テクノロジーですらない依頼も飛んできますよ。ホラーイベントのストーリーを書いてくれとか。
笠井:世の中には、そんなにホラーを売りにしている競合がないということですね。
頓花:まだ少ないんじゃないかな。ホラー業界が狭いのか、そのおかげで結構憧れの人と会えます。五味弘文さんというお化け屋敷プロデューサーがいるんですけれど、僕は神のようにあがめていたんですが一発目の仕事で会えて、「あっ、超高速で夢がかなった!」という。
笠井:梅田お化け屋敷ですね。

梅田お化け屋敷
Jホラーには、インタラクションを引き出しテクノロジーを使う「間」がある
笠井:いろいろお仕事を見せていただくと、アメリカでよくあるようなスプラッターでバーン!みたいなものではなく、「闇」はいろいろ細やかな工夫をされていて、こだわりを感じました。
頓花:個人的には日本のホラーが好きなんです。もちろん洋画のホラーも好きですが、僕は和ホラー、Jホラーで育ってきたので。Jホラーはインタラクションとかテクノロジーが生きやすい。間や呼吸があるから。ちょっとずつ進むとか、ドアを開けるとか、そういう能動性が高いものに対してテクノロジーができることはいっぱいあるので、和ホラーとテクノロジーの相性はいいなと思っている。
笠井:いろんなものが向こうから来るというよりは、少し自分で何かアクションをして、来るな、来るな、来るな、やっぱり来たぁ、みたいなのがいいということですね。
頓花:そうなんです!
笠井:そもそもホラーを好きになったきっかけは何ですか。
頓花:もともと遊園地が大好きなんですが、僕はすごい田舎育ちだったんですね。だから、お化け屋敷って古い人形が並んでいて、出口でガスがバーッと出てくるぐらいの子どもだましなものしか見たことなかったんです。
大阪に来て「エキスポランド」というテーマパークの中で、「バイオハザード」をテーマにした、人が演じるタイプのお化け屋を体験したときに、同級生5~6人でギャーギャー言いながら、泣きそうになりながら走って出てきたんですが、出終わった後は全員で大爆笑して、すごく楽しい思い出になった。
ホラーって面白いんだと気づいて、そこからできるだけお化け屋敷を回るようになりました。
感情の揺れ、「すごく怖い」と「すごく安心する」、その落差が麻薬的に楽しくなってきたんです。でも僕は、基本はすごくビビりなんで、いまだにお化け屋敷は本当に怖いんですよ。
話題になるような、使える「ジェネレータ」をつくる
笠井:今年のエイプリルフールにやった、「応募者全員採用」も面白かった。

「闇」応募者全員採用
頓花:エイプリルフール用なので、ウソをつくツールをつくろうと。エイプリルフールって、企業がウソサイトつくるというのはいっぱいあるじゃないですか。違うアプローチとして「自分がウソをつけるツールを、つくってあげよう」と思ったんです。
株式会社「闇」に入社したといったら、その人の周りはびっくりするかなと。そう信じ込ませるようなジェネレーターをつくろうと思ったんですが、結構普通に応募が来ましたね(笑)。いまだにずっと応募が来るので、ちょっとややこしいことになっていますが(笑)。

頓花 聖太郎
株式会社闇 アートディレクター
1981年 兵庫県生まれ。元々はグラフィックデザイナー。 2011年 関西の制作会社 STARRYWORKSにアートディレクターとして入社。 大好きなホラーを仕事にすべく2015年、株式会社闇を設立。

笠井 真里子
株式会社電通 電通ライブ
2004年4月 電通入社。メディア局、プロモーション局を経て、現在のイベント&スペース・デザイン局に配属。リアル/バーチャルどちらの世界でも、共感を生み出す空間づくりを目指している。
光の特性を使い切るデザイン:岡安泉(後編)
- August / 15 / 2017
光の特性をつかみ、それを適切にデザインすること
藤田:LEDの新しい使い方については、何を考えていらっしゃいますか?。
岡安:見え方でしょうね。LEDが出てきたときの、ネガティブ側の印象というのは、光が冷たいとか汚いとか、かなりろくでもない物言いをされていた。だけど、当時は実際そうだったんです。
藤田:汚いというのは、どういう状態なんですか。
岡安:色が一色になりきらない。白だけど、ちょっとピンクっぽい白だったりして。
たまたま2010年に、東芝がヨーロッパにLEDの市場をつくりたいという話で、建築家の谷尻誠さんにミラノサローネに誘われたのですが、そのときにつくったのが、煙を流して、煙の裏側にLEDを入れて、LEDで煙の色を変えるということ。フルカラーを再現できるのがLEDのアドバンテージなので、そこをちゃんと見せようと思った。
その上で煙という流体をフィルターにすれば、色は混じり合うし、光の明るさも混じり合うので、LEDのバラつきは分からなくなる。その状況と鑑賞するための場をちゃんとつくれば十分感動できるものになると思った。つまり、LEDと人間の距離感をどう縮めるということをやった。そういう実験を今もやり続けているという感じです。

2010
Toshiba Milano Salone “Lucèste”
サポーズデザインオフィス
藤田:ピンチをチャンスに変えるというか、すごく面白いですね。流体といえば、2011年の東芝の水の作品もそうですよね。
岡安:そうですね。
建築家の田根剛さんとやったんですが、LEDの特徴の一つに高速応答性があって、信号を送るとすぐそれに反応する。それまでの光源はオン・オフとか調光とかすると、寿命にダイレクトに影響があったけど、LEDにはそれがない。その価値を魅力に変えたくて、ただ筋状に滝みたいに落ちている水に高速点滅するLEDの光を当てると、すごく小さな火花が空中に舞っているように見える。火花が明滅しているような見え方になるんです。

2011
Toshiba Milano Salone “Luce Tempo Luogo”
DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS
©Daici Ano
光は「ポータブルなもの」になり得るか?
藤田:次に狙っている方法論はありますか。
岡安:今、大きく目標に置いているのは、ポータブルなもの。例えば歴史をずっと遡って、百数十年前まで遡ると、火を使っていた時代までいくじゃないですか。そのころは、例えばろうそく1本だとしたら、それを中心に20センチ四方ぐらいで、せいぜい20ルクスの明るさしかとれないんです。それが現代の技術をもってすると、例えば六畳間に60ワットの電球1個あれば、くまなく同等の明るさがとれる。
想像ですが、白熱電球が生まれたときに、電球を前提に生活を変えていくというデザインの流れの中で、電球にふさわしい器具の形やいろんなものが決まっていったのではないかと思っています。その上で白熱電球の特徴を生かして、ダウンライトという形状ができたり、スポットライトみたいなものができたり。明かりに火を使っているころは、常に体のそばにあって火と人間が1対1で動いていますよね、空間に1個じゃなくて。
白熱電球が使えるようになってハイパワーなものができて、遠くから照らしても十分明るさがとれるから手元にある必要ないし、それ自身は熱いものだし感電もするから、白熱電球の特性を生かすという意味で照明器具が天井に向かっていったんだと思う。でもLEDはもともと弱電で、直流で動く半導体なので、感電の心配もないし発熱も小さくなっている。
そのようにエンジニアリングが進化したのだから、光がポータブルなものになってもいいんじゃないかと。みんなのポケットにはケータイもあるし、ケータイが光源になったって構わないというふうに考えていくと、光のポータブル化で次の豊かな何かがデザインできないかなと思っています。
それとは別に個人的な興味としては、流体にも相変わらず止まらない興味があるんですが、物の解像度にすごく興味があって。現象の解像度が変わるという行為で、人間の原初的な感情を揺さぶる何かをつくりたいなと、ずっと考えています。
今、春日大社の国宝館の常設で、インスタレーションをやらせてもらえることになっていて、10月1日から公開です。常設なので期間限定のいろいろな試みもやっていきたいと思っています。
テクノロジーを科学者に任せていると、生活の豊かさにはならない
藤田:世界的にテクノロジーとうまく付き合おうという機運がすごく高いですが、岡安さんはテクノロジーとどう向き合っていますか。
岡安:テクノロジーの活用方法を技術者とか開発者だけに任せておくと、人間をコントロールするような世界観に行きがちで、豊かさとリンクしない場合が往々にしてあると思うんです。一歩先のライフスタイルみたいなものをちゃんとデザインしておいた中にはまるテクノロジーじゃないと、生活が苦しいものになってしまうような気がします。
朝トイレで用を足すことによって健康状態が分かるといったときに、わざわざ健康チェックのためにトイレに行かなきゃいけないみたいなことが義務化するとか、人間を支配するような動きになりかねないですよね。だから、常に先回りしたビジョンをちゃんと考えておかなきゃいけないということだと思うんです。いったんテクノロジーが関係ないところで、究極気持ちいい暮らしとか、究極気持ちいいピクニックの仕方とかを常に考えて、そこにテクノロジーをどう当てはめるかというふうに考えていかないと、結局どちらもほどほどのものになっちゃう。
普段の仕事でもそうですが、クライアントからのオファーありきで物事を考え始めると、その範疇でのぎりぎりのものにしかならない。でも日常のいろんな行為への究極アイデアを僕なりに考えておくと、あるオファーが来たときに、それにかぶせることができる。
視覚以外の、「五感」の二つ目は必ず用意しておく
藤田:視覚は人間の体感に強く影響を与えるけど、照明で視覚以外のところにアプローチする、例えばダイレクトに触覚にアプローチするわけではないけど、あたかも触ったような感じになるとか、他の聴覚的な何かとか、そこらへんで目がある方法論はありますか。
岡安:難しいなあ。ただ、少なくとも僕がミラノでやるようなインスタレーションとか、今回の春日大社の作品でもそうですけれど、五感のうちの二つ目は必ず何か見つけておかないといけないというのが常にありますね。特にインスタレーションの場合は、視覚だけというのはだめで、五感のうちの二つ目を必ずうまく組み込んでおかないと、感動にまではたどり着けない。
二つ目が何になるかというのはすごく重要で、建築家の谷尻誠さんとやったときだと、前室の床に段ボールのチップを敷ことで、足から感じる感覚をまず変えちゃう、ということを谷尻さんがデザインしました。その空間に入る前の心の準備みたいなことかもしれないんですが、五感のうちの視覚は当然僕がやるとして、その次の第二感、第三感をちゃんと意識してコントロールするというのをやらないとうまくいかないですね。毎回違うんですけどね。何をターゲットにするかというのは。

2010
Toshiba Milano Salone “Lucèste”
サポーズデザインオフィス
岡安:そこで見えているものが美しいプラス、つい考えてしまうという、頭を使いたくなってしまうような状況をちゃんと用意しておくと、五感のうちの触覚だとか味覚はコントロールしていなくても、十分に二つ目の感覚を揺さぶるものになるんじゃないかなとも思っていて、春日大社で今やっている作品に関して言うと、「信仰の場」として、自然に考えたくなっちゃうような状況を作品で用意している。考えるための誘導を、見た目の次に用意しているという感じです。
藤田:僕がプランニングで、どういうものに出合ってもらうかをデザインするときも、それがモチベーションをデザインするというところまで落ちていないと、刹那的というか消え物的になってしまう。考えさせるデザインという発想は、目ウロコです。岡安さんにも、難産だった仕事なんてありますか。

岡安:結局一番難産なのは、ただ普通の照明計画をして終わったものですね。思い悩んで苦しんで、苦しんだけど何もできませんでしたというのは、ただの照明計画になってしまうんですよね。
僕の仕事も多分半数ぐらいは実はそうなってしまっていて、何か価値のある提案を提供したいし、こういうことをやりたいと思ってもいたけど、予算がこれしかないとかの条件でできないとか、施主さんを説得しきれなくてグレードが下がってしまったりします。何でもないものをつくるということが一番苦しくて、出来上がりを見るのもつらい。
藤田:深いなあ。他の人の仕事で、「これはやられた」と感じたものってありますか。
岡安:僕は、デザインに興味があって始めたんじゃないので、あまり人の情報を知らない。多分、経験と知識のない中でやると、人と違うものができるということなんじゃないかな。下手に知らないのが、いい側に働いている可能性はありますね。
藤田:距離感は大事ですよね。普段の生活の中で、一番興味があることは何ですか。
岡安:何だろう。やっぱり光かな。光だったり、水だったり…。趣味ないんですよ、僕。普段何やっているかというと、隅田川の光の反射を見ていたりとか。なんかだめな人間なんです(笑)。何となく、いつも光を見ていたりします。雨の日の街灯をずっと見るとか。
藤田:まさに岡安さんにとって照明デザインは天職ですね! 今日は本当にありがとうございました。

岡安 泉
岡安泉照明設計事務所 照明デザイナー
1972年神奈川県生まれ。1994年日本大学農獣医学部卒業後、生物系特定産業技術研究推進機構、照明器具メーカーを経て、2005年岡安泉照明設計事務所を設立。 建築空間・商業空間の照明計画、照明器具のデザイン、インスタレーションなど光にまつわるすべてのデザインを国内外問わずおこなっている。 これまで青木淳「白い教会」、伊東豊雄「generative order-伊東 豊雄展」、隈研吾「浅草文化観光センター」、山本理顕「ナミックステクノコア」などの照明計画を手掛けるほかミラノサローネなどの展示会において多くのインスタレーションを手掛けている。

藤田 卓也
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局 プランナー(2016年当時)
2003年4月電通入社。入社以来、イベント・スペース関連部署に所属。 イベント・スペース領域に加え、マーケティング、クリエーティブ、プロモーションなど領域にとらわれないプランニングを実践。
感覚を工学する。「体験」は拡張できる!:前田太郎(後編)
- August / 22 / 2017
人間とは、コンパスの入っていないスマホ?
日塔:次のトピックスは、前庭器官と前庭電気刺激についてなんですが、そもそも前庭器官というのはどういう器官なのですか。
前田:前庭器官というのは平衡器官のことで、平衡器官とはどこにあるかというと、内耳、音を聞いている耳の奥の、音を捉えている渦巻管の上にひっついているものです。解剖図では、前庭器官と渦巻管をセットにして内耳と言いますね。実は、その装置の下の半分の渦巻状になっているものだけ音を聞いていて、それと似通った器官だけど、全然形だけは違う器官が上に乗っていて、それが平衡感覚。いわゆる重力と回転加速度を捉えている。
http://hiel.ist.osaka-u.ac.jp/cms/index.php/services
日塔:下は音を聞いているんだけど、上は平衡感覚をつかさどっている。三半規管というのも、前庭器官の一部ですか。
前田:前庭器官は、三半規管と耳石器官になります。三半規管の方は、人間の回転を捉えていて、耳石は重力加速度を捉えている。重力だけじゃなくて、人間が動いたときの加速度も一緒に入ってくる。それはいわゆるスマホでいうと、皆さんが使っているジャイロと加速度センサーの二つです。スマホに入っていて人間には入っていないのが、コンパスですね。地磁気の方向を捉えるセンサー。
日塔:ああ、面白いですね。スマホは、そこはセンサーとして人間より優れているということですね。人間には地磁気センサーがない。なるほど、だから人間は方向音痴になっちゃうんですね。
前田:伝書鳩の研究で、ハトにはあるんじゃないかという説があるけれど、いまだに生物学の中でも結論が出ていないです。鳥が何で夜間飛行ができるのか。鳥目なのに何で方向が分かるんだろう、地磁気が分かっているんじゃないかという説があります。
日塔:先生が前庭器官に注目されたきっかけは何ですか。
前田:人間の感覚を捉えて、なおかつそれを入力する手段を探していた。五感全部そろえてやろうと思った中で、平衡感覚は普通では手出しのしようがないなと思った。
日塔:五感の中に、平衡感覚は通常は含まれない。
前田:五感という言い方自体、人間の感覚を捉える言葉としてはふさわしくない。内耳というのは、頭蓋骨の中に埋もれているのです。頭蓋骨の中は脳で、外は皮膚です。その間の骨の中に穴があいていて、その中に内耳が詰まっているんですよ。
日塔:脳と耳ってつながっているという感じですね。
前田:そう。だって、頭蓋骨は耳の穴から脳の部屋まで穴が全部一つでつながっていますから。その中間に骨の中に埋もれているのが内耳で、それがある場所が乳様突起です。
前庭電気刺激に関しては、われわれが研究する5年前くらい(2000年前後)にはすでに発見されていました。真っ先に使われたのは耳鼻科ですが、あまり流行らせずすたれ始めていました。というのも、あまりに強烈に利くので医学的な検査目的には使えなかったのですが、私たちはそこに注目しました。
日塔:耳の後ろにシールみたいな小型装置を貼り付けるだけで体験できると聞いてすごいなと思っていて、どれだけ軽量な装置にできるのでしょうか。
前田:われわれは研究者なので製品化を狙っているわけではなく、どこまで小型化できるかを究極で目指していないですけれど、可能性としては電池と回路は既存の技術を使えば、ほぼどこまででも小さくできる。電力としての十分な電池さえ手に入ったら。
日塔:電池のサイズ?
前田:恐らく、電極のサイズまで小さくなるでしょうと。でも結局、電極をどれだけ小さくしていくかの方は、ある種の限度があって…。なぜかというと、痛いんですよ。
日塔:小さくすると大きな刺激を与えなければいけないから。
前田:そうです。そういう意味においては、あくまで小型化の究極を言われたら電極のサイズ、人が痛がらない電極のサイズまでということになります。
臨場感とは、マルチモーダルにおける違和感のない状態
日塔:視覚を中心としたVRは今すごく注目を浴びていますけれど、その他の感覚、例えば聴覚含む耳周りのVRみたいなことに関して、今のブームとはちょっと違った可能性を感じています。
前田:恐らくおっしゃっている感覚は、実は平衡感覚だけ、視覚だけに限ったことではなくて、バーチャルリアリティーの本質というのは、マルチモーダルといわれる複数の感覚が全部一つの現実を指していること。すなわち見えているものと聞こえているものが、例えばここで何かが鳴っているならば、音がここだと示している、見ているものがここだと示している。「あっ、今、音が同時に変化した。見えているものが変化した。だからこれはここにあるものなんだ!」という、複数の感覚の一致なんです。
日塔:いろんなセンサーを使っていますよ、ということですね。
前田:人間が感じる臨場感というものは何かというのを、ずっとバーチャルリアリティ学会でも語られてきていて、マルチモーダルにおける違和感のない状態、すなわち全ての感覚が同じ事実を指し示している状態を指して、われわれは臨場感と呼んでいる。恐らく今流行しているVRは、ようやく自分の体の動きと視覚の動きが一致しただけの、二つだけのマルチモーダルなんです。そこに三つ目が入ってくると、臨場感のレベルがポーンと上がる。それが多分、今の分野では物足りない最たるものです。
まさにそこから音が聞こえたよ、そこに触れたよ、さらに言うと、今その動きをした平衡感覚が来たよ、というところまで来ると、本当のリアルに近づいてくる。バーチャルリアリティーに求められていることはそれなのでしょうね。
バーチャルリアリティーというのは、リアルな方が酔わないんですよ。今のVRはリアルが崩れるから酔っている。例えばゲーム酔いというのは、大きなテレビの前では、映像は自分が揺られているかのように動いているのに、自分自身が揺れていないから酔うんです。見ながら同時に自分も揺れていれば、実は酔わないでちゃんとリアルに感じる。
日塔:今のお話でいうと、アクションが激しくなればなるほどそれに合わせて前庭電気刺激で揺れと平衡感覚を同調させれば、逆に酔わなくなるということですね。
人工知能で、感情はつくれるか?
日塔:今はヘッドマウントディスプレーが、イコールVRみたいになっていると思うんですが、先生の考える触覚とか平衡感覚とか、嗅覚、味覚、そういったものまで踏み込んだウエアラブルデバイスというのは、実装や量産の例がありますか。
前田:それぞれ要素技術はやっています。例えば味覚や嗅覚は、実際に味覚物質を準備して、鼻や口に入れるというのは既にある。でも物質は刺激を与えるのは得意ですが、消したり入れかえるのが苦手。要は一度においを嗅がしちゃうと、そのにおいを消すのが難しい。電気刺激のいいところは、現物がほとんど存在しないので、すぐに消せることですね。出したり消えたり、すぐできる。だから味覚も、ほとんど味がしないアメか何かをなめておいてもらって、その状態で電気刺激をすると、その味が突然現れたり消えたりするというのができるんです。
日塔:今まで「感覚」について伺いましたが、もう一つ、センサーで「感情」にアプローチできないかと考えています。前田先生は「感覚」を工学的につくり出すという研究をされていますが、「感情」を工学的につくり出すことも可能だと思いますか。
前田:うちが取り扱っている研究テーマの本道ではないですね。今のところ、感情の定義に科学自体が失敗しているに近い。やはりホルモンや何かの応答、すなわち人間の感情って、一番影響を受けるのは薬物なんです。薬物というと聞こえは悪いですけども、人間自身がホルモンやフェロモンを持っているので、それに簡単に誘導されてしまう。
日塔:なるほど。自分自身で怒っているとか喜んでいるとかと思っているつもりが、かなりホルモンに影響されている。
前田:人間の誘導で一番怖いのは、化学物質を使うことですよ。それをやると大半の感情は誘導できてしまう。それを避ければかなり安全性は高まりますが,今度はだんだん儀式めいた感情の誘導になってきてしまう。例えば、前庭電気刺激のデモでどうしても体験者が長時間やりたがるので、現在はやめているのが音楽との連動です。最初は、音楽と連動させたら評判が良かったのです。リズムに合わせて人間の体が震える状態をつくると、まるで踊っているかのような感覚が出るから。ところが逆に、踊る習慣がない人たちが酔って気持ち悪いと言いだして。研究としてはストップした。
日塔:その一方で小学生の時を思い出すと、キャンプファイアや運動会でみんなで同じ動きで踊ると、言葉にできない不思議な高揚感や連帯感が生まれますよね。きちんと事前に理解して、倫理的な問題をクリアできれば、体験の拡張、感情の拡張として興味深い現象だと思います。
生物としての人間はいつかAIに世代交代する、心の準備はできていますか?
日塔:最後になりますが、人工知能全体について伺います。今後AIはどのように進化していくと思いますか?
前田:アルファ碁が出た時点でわれわれが考えるべきは、今まで人間が判断して正しいと思っていたことを、もう一度疑ってみるべき段階に来たと。過去に人間が判断して、明らかだよね、でも数学的証明じゃないよねと言っていたことは、もう一遍AIに見せてみるべきところに来たと思います。AI技術といわれているディープラーニングを含むパターン認識技術が、これから大きく実用の世界に入り込んでくる。それによって起こるパラダイムシフト。人間の機能の一部はAIに置き換えられていく。結局、いつまでも人間が文明のトップじゃないよねというのはあります。
私は、どちらかというとシンギュラリティーは怖くないと思っていて。生物としての人類が永遠に続くということを私は期待しているわけではなく、もし人類が人間の枠組みに限界を感じて、自分たちが生み出したAIにその座を譲る気ができたならば、いよいよ楽隠居を決め込んで次世代に任せるという、生物として霊長としての世代交代をする時期が来るかもしれません。それを不幸と思うかどうかは別の問題ですけれど。
日塔:人間は、むしろ安心できるかもしれない。
前田:そう、要はいい後継ぎを育てることに成功すれば、ある意味社会を安心して後継ぎのAIに任せられる。シンギュラリティーが怖いって大騒ぎしているけど、それはそれでただの世代交代以外の何物でもないと思いませんか?
日塔:おっしゃっているシンギュラリティーはカーツワイルの言う、ナノボットが一人一人の人間の体の中に入って機械と融合する、みたいな話とは別ですか?
前田:ナノボットというよりは、世間ではロボットが人間の世界に出てきて、人間に取って代わるのが怖いというイメージですね。本当に怖いことですか、個人レベルでは普通に起こっていることですよという話です。例えば自分が子どもを育てて、やがて子どもに凌駕されるという、シェークスピア以来の恐怖と全く同じ不安で騒いでいませんかと。結局のところ自分の老後も見てくれる、いい子にAIを育てるしかないじゃないですか。科学技術は人間が生み出すものなので、自分の子どもをいい子に育てられるかどうかだけ心配していればいいんです。それが科学者としての私の見解です。
日塔:明快ですね。ぜひ今後も研究の行方をキャッチアップさせていただきたいです。今日はとても勉強になりました、ありがとうございました。

前田 太郎
工学博士
1987 年東京大学工学部卒業。同年通産省工業技術院機械技術研究所。 92 年東京大学先端科学技術研究センター助手。94 年同大学大学院工学系研究科助手。 97年同研究科講師。2000年同大学大学院情報学環講師。02 年NTT コミュニ ケーション科学基礎研究所主幹研究員。07 年大阪大学大学院情報科学研究科教授を務め、現在に至る。 人間の知覚特性・神経回路のモデル化、テレイグジスタンスの研究に従事。

日塔 史
株式会社電通 ビジネス・クリエーション・センター 電通ライブ 第1クリエーティブルーム
「体験価値マーケティング」をテーマにしたソリューション開発を行う。 日本広告業協会懸賞論文「論文の部」金賞連続受賞(2014年度、2015年度)。