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篠山紀信の写真力「うそにうそを重ねるとリアルが生まれる」(前編)

  • September / 22 / 2017

美術館でしかできないことをやった「写真力」展

篠山:きょうのテーマは「写真力」ということですけどね、実は同じテーマを掲げた展覧会をこの5〜6年、いろんなところでやっているんですよ。私みたいに長いこと写真を撮っている人が、急に美術館で展覧会をやったりすると、総集編だろ、いや、回顧展か、あいつもそろそろ引退だな、なんて言われたりするでしょ? そういうこともあるから、ずっと美術館で展覧会をやろうなんて思わなかったのだけど、まんまと後藤さんにだまされてね(笑)。

後藤:「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」という展覧会なのですが、これがすごい人気なんですよ。2012年の熊本市現代美術館を皮切りに、次々とオファーがあって、いろんなところを巡回して、いまは28館目。すでに92万人が来場しています。しかも現在進行形です。

篠山:どうせやるなら、美術館でしかできないことをやったら面白いんじゃないかと思ったんですよ。美術館って、だいたい大きな白い壁があるわけでしょ? とても非日常的な空間なのだけど、あそこに写真を額に入れて飾って、「皆さん、どうぞご鑑賞を」ってのはつまらない。だから、あのでっかい空間に負けないだけのでっかい写真を置いて、空間力に写真力をぶつけるとどうだろうって考えたんです。

で、その空間に負けない写真って何かといったら、やっぱり人間の写真がいちばん強いんですね。それも、みんなが知っている人がいい。ちょっと有名くらいじゃ駄目。日本中の人が知っていないと。そういう人の写真だと、この人が活躍していたとき、自分はこういうことやってたよな、とか、昔を思い起こさせる装置にもなる。有名人には、時代の記号性があるからね。

後藤:そうやって厳選した写真を、展覧会では5つのパートに分けて展示しているんですよね。ひとつは「GOD」。もう亡くなっている著名な人。2つ目が「STAR」。ご存命の著名な人。3つ目が「SPECTACLE」。現実離れした世界。ディズニーランドとか、歌舞伎なんかもそうですね。4つ目が「BODY」。肉体。ヌードもそうだし、アスリートの戦う身体もそうです。そして最後が「ACCIDENTS」。東日本大震災で被災された人たちの姿。この5つに分けて、回を追うごとに少しずつ作品を変えながら展示しているのですが、まあとにかく写真が巨大なんですよ。先生も現場で驚かれていましたよね?

篠山:横9メートル、縦3メートルくらいの写真があるのだけど、それが壁に貼ってあるのを初めて見たときは、びっくりしましたね。何だい、これは、って(笑)。

後藤:「誰が撮ったんだ? あ、俺か」とおっしゃってました(笑)。

篠山:写真集でも両観音開きにして、横長の写真を載せることがあるのだけど、せいぜい幅1メートルくらいですよ。それが9メートルにもなるとね、現実がそこにあるみたいに思えてくる。観賞するというより、写真に取り囲まれちゃうんですよ。何だこれ、と空間の中に自分が漂ってしまう。不思議な体験ですよ。

写真家は死というものが避けられない仕事

後藤:きょうは、その「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」に加えて、「LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN」展や、最近刊行された写真集『KABUKI by KISHIN』などからいくつか写真をお見せしつつ、先生の写真力についてお話を伺いたいなと思っています。最初はこれ。ものすごく有名な写真ですね。ジョン・レノンとオノ・ヨーコがキスをしている。

©Kishin Shinoyama

篠山:彼らがつくった『Double Fantasy』(※注)というレコードのジャケットになった写真です。私の写真の中では、多分、世界中の人たちにいちばん見られているものじゃないかな。でも、写真としてはどうってことないんですよ。

※『Double Fantasy』……1980年11月にリリースされたジョン・レノンとオノ・ヨーコのレコードアルバム。リリース翌月の12月8日にジョン・レノンが射殺され、遺作となった。

後藤:いやいや、そんなことはないでしょう。

篠山:だって、キスしているだけだもの(笑)。撮影のためにジョンとヨーコとニューヨークのセントラルパークに行ったら、ちょうどベンチがあったから座らせて、「ちょっと二人でキスしてよ」と言ったんです。で、5〜6枚かな。パチパチと撮ったうちの1枚。それだけですよ。

でも、この撮影が終わって、レコードがリリースされた翌月に、ジョンが撃たれて亡くなってしまった。それでジョンとヨーコが一緒につくった最初で最後のレコードのジャケットになったから、みんなに知られているだけで。まあ、私もまさかジョンがあの後、すぐに死ぬとは思わなかったけどね。ただ、撮った後に亡くなる人は時々いるんです。写真家は死というものが避けられない仕事なんですよ。だって、撮った瞬間から写真は過去になるわけだから。

後藤:亡くなったという意味では、この方もそうですね。三島由紀夫さん。「GOD」のうちの1枚。

©Kishin Shinoyama

篠山:亡くなる1年前くらいの写真です。「聖セバスチャンの殉教」(※注)という有名な絵があるんですけど、それを自分がやるから撮ってくれと言われたんです。矢が刺さったように見える仕掛けなんかも、三島さんが自分で考えてきて、それを私が撮った。

この写真は『血と薔薇』(※注)という雑誌の創刊号にも載ったのだけど、三島さんがすごく気に入ってくれてね。「篠山くん、この延長で写真集をつくらないか」とも言われたんですよ。「男の死」というテーマで、死にざまを自分がいろいろ演じるから、それを撮ってくれ、と。オートバイの事故で死ぬとか、死に装束で切腹して死ぬとか、いろんなことを三島さんが考えるわけです。そんなのを15シーンくらい撮ったかな。そうしたら、最後の撮影から1週間後くらいに、あの自衛隊での立てこもり事件を起こして、切腹して、ああいう死に方をされたんです。

※聖セバスチャン……中世以降、特に多くの信仰を集めるようになったキリスト教の聖人。ローマ帝国のディオクレティアヌス帝の迫害によって3世紀に殉教したといわれている。19世紀末ごろからは同性愛の守護聖人とされたりもしている。

※『血と薔薇』……「エロティシズムと残酷の綜合研究誌」を掲げて、1968年から4号にわたって刊行された雑誌。小説家でフランス文学者だった澁澤龍彦の責任編集。

後藤:僕もすごく気になったので調べたことがあるのですが、実際に『男の死』という写真集が出るという広告が『血と薔薇』に出ていましたね。横尾忠則デザインとか、いろいろ書いてありました。まるで自分の死の予告ですね。

篠山:三島さんが亡くなったときは、友人とか知人とかがこぞって、彼の死を予感していたとか何とか言っていたけど、私は全く何も感じなかったね。ただ、三島さんが亡くなったことで、その15枚の写真の意味は変わるわけです。さっきのジョンとヨーコの写真だってそう。あのままジョンが死なずにいまも曲をつくっていたら、あそこまで多くの人に知られる写真にはなっていませんよ。

写真は見る人に自分の歴史を思い起こさせる

後藤:次の写真。これは「STAR」のパートですね。山口百恵さん。山口百恵といえば、この写真、というくらい有名な写真です。

©Kishin Shinoyama

篠山:昔あった『GORO』という雑誌に見開きで載った写真ですね。確か1977年の撮影かな。百恵さんは7年ほど活動しただけで80年には引退してしまったのだけど、70年代は百恵さんを抜きに語れないというくらいシンボリックな人でした。『GORO』でね、その百恵さんを山中湖で撮ろうという話になったんですよ。でも、移動だけで東京から片道1時間半くらいかかるし、撮影するとなると、下手すりゃ、一日仕事になる。所属事務所にしてみれば、ものすごく売れている山口百恵を一つの雑誌の撮影のために1日出すなんて、できやしない。

後藤:それはそうですね。

篠山:そこで考えたんです。その頃、私は『GORO』以外にも、『週刊少年マガジン』と『明星』の表紙と巻頭のグラビアを撮っていたんですね。全部の発行部数を合わせると、当時は500万部近くにもなった。そのくらいなら1日出してもいいだろう、と交渉したら、いいという話になったんです。それで3誌の表紙と巻頭のグラビアを、山中湖で1日で撮ることにしたんですよ。最初は湖畔でアイドルっぽいかわいい格好させて、『明星』のための写真を撮る。その次はプールで水着を着せて、『週刊少年マガジン』。で、夕方になってきたら、いよいよ『GORO』です。『GORO』は男性誌だから、色っぽくなくちゃいけない。

後藤:確かに、この写真は色っぽいですねぇ。どうやって撮ったんですか?

篠山:湖にたまたまボートがあったから、「百恵さん、ちょっとそこに横になってみて」と言って、夕方の光の中で撮ったのがこれなんです。いま後藤さんが言ったみたいに、みんなからよく聞かれるんですよ。これ、どうやって撮ったの、どうしたら、百恵さんはこういう表情をするんですか、って。これはね、単に百恵さんが疲れていたんです(笑)。写真家ってのは、そういうものなんですよ。被写体が疲れていたら、それを逆手に取って、自分のいいように作品にしてしまうんです。

後藤:展覧会では、この写真を見て、「俺はこの頃、あの子と付き合ってたな」とか、「浪人中だったな」とか、みんな口々にあれこれ言っていましたね。

篠山:そうでしょ? さっきも言ったけど、有名な人の写真は、見る人に自分の歴史を思い起こさせるんです。写真にはそういう力があるんですよ。

虚構に虚構を掛け算して撮る

後藤:話は変わりますけど、先生は東京ディズニーランドの公式カメラマンもされているんですよね。これはその東京ディズニーランドの写真です。「SPECTACLE」のパート。虚構の世界。

©Kishin Shinoyama

篠山:東京ディズニーランドの写真集は、3冊出していますね。閉園後の誰もいなくなったところで、ミッキーやミニーたちが朝までどういう生活をしているのかって、興味があるじゃない? それを撮っているんです。

普通はキャラクターたちの周りには人間がたくさんいて、ポーズを取ったりしている写真ばかりでしょ? でもみんな、キャラクターたちの秘密の時間を見たいわけですよ。だから、そういうの、撮れませんか、と東京ディズニーランドの人に聞いたら、最初は無理だと言われました。「キャラクターだけの世界では、彼らの姿は人間には見えない。もし彼らの姿を撮りたいなら、あなたもキャラクターにならなくては」って。おお、いいじゃない、やってやろうじゃないの、ということで、「シノラマン」というキャラクターになって、撮りに行ったんです。

後藤:面白いですねぇ。

篠山:東京ディズニーランドには秘密の扉があるんですよ。閉園後にそこを開けて入っていくと、ミッキーやら、ミニーやらがいる。噴水の前でみんなで遊んでいたりするし、この写真なんて、ミッキーの自宅ですよ(笑)。後藤さんは、ミッキーの中には人間が入ってるとか、思っているんでしょ? そういう人には、こういう写真は絶対に撮れませんね(笑)。

後藤:いや、確かに…(笑)。しかし、虚構の写真を撮るときに、先生はそこにさらに虚構を掛け算して撮るわけですね。芸能人なんかもある種の虚構の存在ですけど、それをリアルに撮るんじゃなくて、さらに虚構を重ねて撮る。そうやって写真力を増幅させていますよね。

篠山:そうなの、そうなの。写真ってさ、真を写すと書くけど、真実なんて撮れませんよ。写っているのは、全部うそなんです。だけど、うそにうそを掛けると、まことになる。うそにうそをついたときに、あるリアルが生まれる。そこが写真の面白いところなんです。

後藤:多くの写真家は、写真はリアルを切り取るものだと位置づけて撮るのだけど、先生は逆に自分さえもフィクショナルな存在になってその世界に入っていくわけでしょう? そこがすごいなと思うんですよ。そんな人、まずいませんよね。

篠山:女優を撮るにしても、その人が朝起きて歯を磨いている写真なんて見たくないんですよ、私は。それがその女優の真実の姿だと言う人もいるけど、私はそうじゃないと思う。女優ってのは、お化粧して、ヘアメークして、すごくきれいに着飾って、うその姿で私の前に現れて、私がまた写真といううそをつく。そうやって、うその上にうそを重ねることで、逆にその女優のリアルな真実が見えてくるんですよ。

※後編につづく

篠山紀信

写真家

1940年、東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科在学中から頭角を現し、広告制作会社「ライトパブリシティ」で活躍、1968年からフリーに。三島由紀夫、山口百恵、宮沢りえ、ジョン・レノンとオノ・ヨーコなど、その時代を代表する人物を捉え、流行語にもなった「激写」、複数のカメラを結合し一斉にシャッターを切る「シノラマ」など新しい表現方法と新技術で時代を撮り続けている。2002年から、デジタルカメラで撮影した静止画と映像を組み合わせる「digi+KISHIN」を展開。ウェブサイト「shinoyama.net」でも、映像作品、静止画、DVD作品など多数発表している。2012年、熊本市現代美術館から始まった「篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN」は全国を巡回中、90万人以上を動員。また2016年以降、東京・原美術館で「篠山紀信展 快楽の館」、箱根彫刻の森美術館で「篠山紀信写真展 KISHIN meets ART」、アツコバルー arts drinks talkで「LOVE DOLL×SHINOYAMA KISHIN」を開催するなど、精力的に活動を続けている。

後藤繁雄

編集者/クリエーティブディレクター/京都造形芸術大学教授

1954年、大阪生まれ。広告制作、企画、商品開発、ウェブ開発、展覧会企画などジャンルを超えて幅広く活動し、“独特編集”をモットーに篠山紀信氏、坂本龍一氏、蜷川実花氏らのアートブック、写真集の編集などを数多く制作。東京・恵比寿の写真とグラフィック専門のギャラリー「G/P gallery」ディレクター。G/P galleryを通してPARIS PHOTO(パリ)やUnseen Photo Fair(アムステルダム)などの国際的なアートフェアにおいて日本の若手フォトアーティストのセールス&プロモーションや、篠山紀信氏や蜷川実花氏の大型美術館での展覧会プロデュースを次々と成功させる。また三越伊勢丹をはじめとする企業と組み、新しいアートとブランディングの実践を精力的に進めている。