2017/07/26
デジタルコミュニケーションで、人類を前進させる:杉山知之(前編)
- August / 08 / 2017
人類がデジタルでつながっているという、情報の「総量」が大事
金子:僕はデジタルハリウッド大学院を2期生として10年以上前に修了しました。通っていたころはプロダクションでプランナーをやっていましたが、修了してすぐ電通の社員になりました。デジタルハリウッドの教育は、10年前と何が大きく変わりましたか?
杉山:結局、人類がどのぐらいデジタルでつながっているかという総量が大事で、10年前はスマホもなかったでしょ。iPhoneが出たのが2007年なんです。
僕の感覚ではスマホは、パソコンで電話もできるという感じ。電話でメールもできるというのと、パソコンに電話機能がつくという感覚とでは、ビジネスの文脈が完全に変わった。だからこそスマホは、値段が高いにもかかわらず、先進国だけじゃなくて世界中に爆発的に広がっていったわけですね。全人類がネットにつながるという状況がとても加速しました。
若い人は、基本的に人類みんなつながっているという前提でビジネスを考えられる。アプリでも何でも、ネットの市場に出した瞬間に、世界中で売れる可能性がある。
僕が今相手にしている18歳くらいの学生は、物心ついたときにはスマホがあった。そうなるとSNSみたいなものが日常というか、ない世界は考えられないですよね。いつでも友達とつながっているし、つながり合っているぞというのをお互いに確認していないと関係が危ういという問題が起きるわけです。LINEで送ったのに返ってこないと「嫌なやつだ」とすぐなってしまったり。
金子:ネット内での生活のルールというか、お作法が変わってしまっている。むしろ、ネットのルールそのものが、リアルな友達関係の、リアルなお作法になってきたという感じがしますね。
「デジタルコンテンツづくりは全産業の発展に波及する」ことをたたき込む!
金子:学校に入ってきて最初に教えることに変化はありますか。
杉山:10年前はまだ、コンテンツ産業そのものを僕自身でプロモーションしているところがあって、まず「コンテンツ産業とは何ですか?」というところから始めました。放送、新聞、出版、音楽、ゲーム、モバイルと、みんな縦割りの業界になっていた。それがデジタルによって横につながってしまうので、昔の言葉ですけれどもワンソースマルチユースですね、一個原作があったら全てに展開できる。コンテンツ産業ではIP(知的財産)をいかに上手に使っていくか、映画化権もあれば、ゲーム化権、小説化権もあるわけですから。そんな始まりでした。
電通がやっている仕事でもありますけれど、コンテンツ産業はそういうダイナミックな産業なんだなということをまず世間にも学生にも、分かってもらう必要がありました。その中で、自分の得意をどこにつくるんだという教育が重要だと。
コンテンツ産業の持つ、要するに人の心を動かす技術というか、その総合プロデュースは、今や全産業界で必要。大学院生たちは次々と、ファッションテクノロジー分野、デジタルヘルス分野、または金融へ行ってフィンテックの分野とか、学んだ後の応用範囲をどんどん広げている現実があります。どの業界もビジュアライゼーションの知識や技術は核になっているわけです。そういうことを最初に徹底的にたたき込みます。
金子:本当に、新分野も含めて、全産業への影響になってきちゃいましたね。
杉山:18歳なので、ゲームが好きで来たとか、アニメが好きで来たという感じの学生も多いわけです。高校の先生や保護者から、「ゲームづくりをやりたいというけど、そんなことで食っていけるのか」とか言われながら入学して、でもここに来たら僕が、「なんなら全部の産業、どこにも行けるぜ」という話を最初するわけです。
最近、中央教育審議会から、専門職大学をつくりなさいという答申が出ましたが、日本の大学のカリキュラムが、ビジネス界に役に立たないようなことばかり教えているという判断が背景にあるように感じます。大学生でも職業観みたいなものを持てないまま卒業してフリーターになっちゃう子も実際多いので、専門職大学という形で、職業に通じる学士号を出そうということですよね。
デジタルハリウッド大学は、すでに専門職大学のようだと言われます。たしかにCGアニメーターやウェブデザイナーとして巣立つ学生も多いですが、僕の感覚でいえば普通の4年制大学の基礎教養科目みたいなものだと思っているのです。デジタルで自分が言いたいことを表現するのは、日本語の論文がきちんと書けるのと似たようなもの。22世紀に向けた教養学部と言ってしまってもいいぐらいの感覚です。たまたま強くそういう人材を求めているのが、現状ではゲーム産業であったり、ICTを基盤としている産業だというだけの話です。


杉山:入学して最初に、実習でデジタルツールの使い方をバババッと覚えて、何かつくろうというときに初めて、「物語を語らなきゃいけない」という問題にぶつかる。そのときに18歳の子の頭の中に、どれほどの数の物語があるかというと引き出しがない。この引き出しって何だろう、それが教養というものだよ、ということを理解してもらって、2年生以降には宗教、哲学、歴史などの教養科目をたくさん置いています。
例えば日本の近代史に詳しい先生であれば、一番面白いところだけ8回やってくださいと。それで面白いと思えば、今はネットに行けばいくらでも学べるし、自分で吸収できる。
金子:アクティブラーニング手法で、さらに火をつけるんですね。
杉山:デジタルハリウッドはデジタルツールのオンライン教育を10年以上やっているので、教材がかなり充実しているんですよ。例えばフォトショップを習いますとか、イラストレーターを習います的なやつですね。それは全部オンラインの教材として基礎から応用までそろえているので、それを院生と大学生には全て無料で開放しました。
金子:僕のころはなかった!
杉山:すみません(笑)。だから、先生が言ったことが分からなければ、家へ戻って、全部それを見直すとか、やる気がある子は2週間で全部やっちゃうとか。「フリップラーニング」(反転学習)ですね。家で勉強して、学校は議論の場にしたい。学校は、リアルな場所に通う意味を持たせなければならないのです。
論理的思考を構築できれば、起業家は目指せる
金子:最近は「G’s ACADEMY」(※)でプログラミング教育を始めてみたり、デジタルハリウッドの変化のキャッチアップへの源泉は何なんでしょうか。
※G’s ACADEMY:「セカイを変えるGEEKになろう。」をコンセプトに、デジタルハリウッドが2015年に創設した、エンジニアを育成するためのプログラミング専門のスクール。


杉山:僕たちの学校というのは、卒業したんだけど関係が切れない。むしろその境をうやむやにしているんです。卒業しても関わりたければ、何にでも関われる。
金子:確かに僕も、関係がうやむやです(笑)。
杉山:この人は何の立場でここに出入りしているのかなとあまり問わない。何年か前に修了した人らしいよ、ぐらいで大丈夫(笑)。そうすると入りやすいから、「今こんなことをやっています」と教えてくれたり「こんなことを一緒にやりませんか」と言ってくれる。「僕、アイデアがあるけど場所がないので、場所を貸してくれませんか」と言ってくる人もいます(笑)。
とにかく出入りしやすくしておくというのが、秘訣のような気がしますね。トレンディーな話題の研究会、外のいろんな企業の方が普通に出入りする場です。そういうワイガヤの状態から、いろんな人が知り合って、スタートアップのヒントにどんどんなっていく。
金子:その関係で出資を受けたり、資金調達が成り立っちゃうような事業化を考えている学生もいるわけですね。
杉山:そうですね。いわゆるインキュベーションとか、ファンドの事業をやっていらっしゃる会社がたくさんありますよね。そういう方がここに来てくれるので、教わるだけじゃなくて会社をつくるのも手伝ってくれるし、何なら資本金を入れてくれる人まで現れると思ったら、当然ながら活気づきますよね。シードアクセラレーションというのかな。
金子:ベースとして在校生や卒業生の多くが「起業しよう」という目標を持つように、教育として何をたたき込んでいるんですか。今、企業で人を育てる立場の人は、ぜひともアントレプレナーシップを持っていてほしいと願いながら人を育てていると思います。
杉山:そこを分かってもらいたいので、半年しかうちで学ばない人にも、僕が必ず直接授業をやっているんです。「デジタルコミュニケーション概論」という4時間の授業があって、いかにデジタルコミュニケーションによって全産業が革新するかという話をしているんですね。もちろん事例も見せながら。出席できなかった人も、必ずビデオで見なきゃいけないことになっています。
金子:僕も杉山学長のお話を聞きました。また必修科目の事業家の先生方が、各分野で濃いんですよね。「やばいぞ、これは」と何か電気のようなものが走って(笑)、あとは必死で勉強するみたいな(笑)。
杉山:僕は少しは研究者なので、単純な未来予測は結構できるわけです。いつかはこうなるだろう的な話ですが。でも学校は、「いつそれを教えるべきか」という問題もあるんですよ。あまり先過ぎると、教える人もいなければ、教えたところでどこにも理解されなくて就職できない。ちょうどいい頃合いというのがあると思ってます。
水のように空気のように、おもてなしを科学する:北川竜也(前編)
- July / 26 / 2017
伊勢丹のテクノロジー施策が目指す、未来の「見せ方、売り方」
尾崎:今日は、三越伊勢丹HDのテクノロジー施策について伺います。まず、昨年の「彩り祭」ではどのように取り組まれたのですか。

彩り祭
北川:三越伊勢丹のグループ会社である岩田屋や丸井今井も含めて、全国で「彩り祭」という一つのキーワードでキャンペーンを行っているのですが、昨年は「デジタル」がその中心キーワードでした。購買して頂いた商品だけでなく、体験までお持ち帰りいただけるような企画を、全館で目指しました。
ファッション×テクノロジーの体験は、Makuakeのようなクラウドファンディングの仕組みで生み出されたものの展示や、人工知能を使ったスタイリングなどものすごく幅が広いので、一見雑多に見えるかもしれないですけれど、いろいろな角度から紹介してみようとやってみました。
尾崎:その他にも、「Decoded Fashion Tokyo」にも協賛されていますね。
北川:はい。「Decoded Fashion Tokyo」では、テクノロジーを使ったアイデアコンペティションを主催し、優勝した「Memomi」というデジタル技術を活用した姿見と、準優勝の糸から布までつくる3Dプリンティングの二つを彩り祭でも展示しました。ものづくりは3Dプリンティングの登場によって、本当に大きくこれから変わりますよ ね。
糸から布までつくる3Dプリンターそのものはまだ試作機がアメリカに1台しかないので、日本に持ってくるのはリスクがあり過ぎる。それで、縫い目のないタンクトップなどこのプリンターを使って作られた製品の実物を展示して、その製造工程は映像で見て頂きました。液状化された繊維がシューッと型紙に吹きつけられて、乾いて型紙から抜けばもう服になっている、というような工程です。
お客さまの将来の生活の中で、洋服がどのように供給されるのか、その可能性をお伝えしたかったわけです。全部が置き換わるとは思いませんが、3Dの技術がもっと進化すれば、体にぴったりくるものがわずか数分でパッとプリンティングできる。それが数百円で買える、というような世界が来てしまったら、オーダーメードの概念も変わりますよね。
「Memomi」の方は分かりやすくて、服を着ていただいて鏡の前に立ったときに、いろんな体験がそこでできるわけです。自分の背中側まで、全ての角度をじっくりと見られるとか、服の色が変えられるとか。そこで撮った画像を例えば恋人に相談したいときにSNSですぐ送れるとか。ネットでしかできなかった「体験」が、リアルな空間と結びついて出てくることに意味があると思うのです。

Memomi

3DプリンターでつくられたTシャツ
人工知能を使った、伊勢丹ならではのスタイリング提案
北川:実は、人工知能を使ったスタイリングの提案というのは、本館、メンズ館ともに既にやっています。われわれはライフスタイル提案企業なので、例えばウエアラブルデバイスを提供するとしても、それを使うことで健康管理ができて、よりアクティブに人生を生きるとか、自分の両親にそれをプレゼントして両親の健康管理を遠隔でやれるようにしようとか、テクノロジーによって今までできなかったことができるようになり、人生が豊かになったり楽しくなったりということを提供したい。時計型、メガネ型、スマートデバイスも販売していますが、5年後ぐらいを見据えて、体験の提案を重ねて学んでいきたいですね。
尾崎:「ISETANナビ」も導入されていますね。
北川:はい、伊勢丹新宿店の中にはすでにビーコンが数百個ついていて、そのビーコンを使ってナビゲーションをするのが「ISETANナビ」というアプリです。現時点ではまだ発展途上のアプリで、今後はお客さまとの1to1コミュニケーションなどにも活用の幅を広げてゆく必要があります。
尾崎:アプリを使ってもらいながら、どうやって売り場にも来てもらうか、難しい大きなテーマですね。アプリがあれば、何でもどこでも買えてしまうし。
北川:若い人が車を買わなくなったという話がありますが、どこかでお金は使っているわけです。食費とか通信料とか、要するに自分がお金を掛けるポイントが変わってきている。同じように1日24時間でも、その24時間をどこで使うのか、どう過ごすのかのポイントが変わってきているだけで、必ず時間は使っている。
お客さまが店に来てくださるときは、商品を買うためだけとは限りません。例えばコートを買いに来たとしても、暖かいという機能だけを買っているわけではなくて、それを着ることによって、例えば今日のデートに華を添えるだとか、そういう自分の日常生活を豊かにして、何かが変えるという体験を買っていただいているのです。その「体験」をご提供するという意味でリアルな空間はとても大事です。
その意味で、百貨店という空間の中で良い意味での魔法にかかっていただくということが非常に重要だと思っていて、ものすごくいい時間をお過ごしいただければ、購買の手段は店舗でもオンラインでもどちらでも良いわけです。買った商品を持ち帰って開けるワクワク感も一つの魔法かもしれませんが。
デジタルの仕組みはちゃんと整えるけど、本質的にはリアルの場にどれだけ知恵とリソースをかけられるかがこれから重要で、リアルな場の価値は、実はデジタルがあるからこそ相乗効果で高まると考えています。
デジタルテクノロジーは「水のように、空気のように」
尾崎:デジタルによって、リアルの価値が上がる。アプリの使い方でいうと、例えばどのようなことですか。
北川:僕は、「水のように、空気のように」というキーワードを最近よく使っていて、要するに、必要不可欠だけれども、その存在を常に意識することがないくらいのインフラ、という捉え方をデジタルにおいてはするべきだと思っています。例えば伊勢丹メンズ館2階が行きつけだとして、アプリを立ち上げて、アドバイスをもらうために、週末のいつものスタイリストの予定を予約しておこうとか。それを当たり前のようにお客様が行って下さるような状態になるべきだと思います。
尾崎:人工知能が自分のパーソナリティーを理解してくれて、1to1の商品を出してくれるとかもできますね。
北川:いくらアルゴリズムが進化したとしても、スタイリストのセンスなど人間対人間のコミュニケーションが当社として最も大事なところですが、一方で人工知能が事前にレコメンデーションをたくさん出してきて、発想の幅が広がると実際の会話の幅も当然広がる。スタイリストがお客様との過去のやり取り全てや、商品すべてを覚えておくことは不可能ですし。来ていただいた瞬間に情報は「分かっている」上で、店頭では1to1の対話を深める、そんなツールになっていくのが理想型ですね。そういうプロセスを当たり前のものにしていきたい。

北川 竜也
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 秘書室 特命担当部長
大学卒業後、国連の活動を支援するNGOで国際法廷の設立などのプロジェクトにアシスタントとして従事。 日本帰国後、企業風土改革を行うスコラ・コンサルタントで主に大企業の組織活性化に携わった後、創業間もないクオンタムリープに参画。 大企業の新事業創出支援やベンチャー企業支援の場作りなどの事業を担当。 クオンタムリープを退社後、アレックスの創業に参画。会社の運営と併せ、Made in Japan / Made by Japaneseのハイクオリティーな商品を世界に向けて紹介・販売するEコマース事業の立ち上げと運営を行う。その後、三越伊勢丹ホールディングスに入社。現在に至る。

尾崎 賢司
株式会社電通 電通ライブ
2010年電通入社。入社以来5年間、イベント&スペース領域の企画・制作を担当。エクスペリエンス・テクノロジー部の発足以来、ウェブやアプリの制作、キャンペーンなど担当領域を広げ、活動中。
音楽とは空間と時間をつくること:渋谷慶一郎(前編)
- July / 31 / 2017
空間に、どう音楽を存在させるか
藤田:日頃プランニングの基点をいろいろ探る中で、音楽というものをいま一度整理して、自分の蓄えにできたらと思っています。今日はクリエーションをするときの発想の源泉をお伺いしていきます。
イベントの企画では、照明と音は予算が切られがちなのですが、音はものすごく大事だと思います。人間は音から情報を得る部分が多いじゃないですか、もしかしたら視覚より多いかもしれない。
渋谷:どういう音や音響がいいかということは、結局言い切れないと思う。僕が最近、衝撃を受けたのはドーバーストリートマーケット。館内放送で音楽をかけるのをやめてiPhoneを差したラジカセみたいなコンポをぼこぼこ置いて、音楽を鳴らしているんですよ。館内を一つの音楽で統一するのをやめた。
※ドーバーストリートマーケットギンザ:ファッションデザイナー川久保玲氏がディレクションするコンセプトストア。
これは商空間の場合、どうせ大したスピーカーを入れられないのなら、決してハイファイの音ではないけれど、サテライト的、同時多発的に音を鳴らす方が現代的なリアリティーがあるということだと思うんです。それはディレクターの川久保玲さんの明確な方向性というか同時代性に対する感覚なのかもしれないですけど、多分20年後の究極にシンプルなセッティングがこれなんだろという、未来から今を見た視点なのかもしれないと思ったりもします。
僕は美術やダンス、ファッションともいろいろコラボレーションするけれど、究極的には彼らは「音楽なんてどうでもいい」と思っていますよ(笑)。どうでもいい、というのは自分のクリエーションに比べてという意味ね。逆に音楽が大事にしてもらえるのは、コンサートとかオペラのような音楽中心のイベントだけです。美術家にとって大事なのは美術で、自分の作品。視覚が重要で音なんかなくてもいいんです。
でも、なくてもいいものを、なきゃいけないものにするとしたら、どういう方法があるかを考えるところから、僕のコラボレーションが始まる。これは今思いついていない、音と何かの関係をつくり出すということです。ですから、ことさら音の優位性とか、どんなときだって音楽は大事だなどと言う気はない。いっそ音はなしにしましょうとか、音をイメージさせるスピーカーだけ置きましょうとか、そういうこともあります。
藤田:なるほど。面白いなあ。そういうつき合い方もありますよね。例えば高音質にしたとしても、お客さんも実際はほとんど分からないですし。
渋谷:でも、圧倒的に質がいいのは分かりますよ。どんな素人でも、未経験の人でも、ギャルでも老人でも、誰でも分かりますよ、圧倒的な音の良さは。でも圧倒的じゃないと分からないでしょうね。
「リアリティー」と「スピーカーのリアリティー」は、使い分けて考える
藤田:渋谷でやった時のボーカロイド・オペラ「THE END」に行かせてもらいました。ノイズミュージックも取り入れているのに、全然耳が痛くならないですね。
渋谷:サウンドシステムは、予算にすごく左右される。「THE END」の場合はオペラだから、音楽がもちろん一番大事です。渋谷のBunkamuraでやったときのPA機材は、横浜アリーナでロックのコンサートをやるときと同じくらいの規模のものを入れました。アリーナでコンサートやるのと同じ物量を入れてやるのは、アリーナみたいな音にしたいからじゃなくて、余裕を持って鳴らさないと特に電子音楽は耳が痛いんです。金切り声みたいにならないように、ぎりぎり余裕を持って音を出すには、100台以上スピーカーを持ち込んで総量8トンになりました。でも、それが必要なのです。




逆に、最近だと年末に青山のスパイラルホールで比較的規模の大きなピアノソロのコンサートをやる前に、本当のアンプラグドを小さいホールで2日間だけやってみた。一晩100人と人数がすごく少ないから、告知もしなかったんだけど一晩でチケットが売り切れてほとんどの人は体験できなかったんだけど(笑)。音がいいのは当然で、スピーカーも使わず固体振動というか、ピアノを弾いてそのモノが実際にたたかれて揺れているのを同じ空間で体験するのはすごくぜいたくでした。で、スピーカーを使って楽器がつくる空気振動に近づける、もしくはそれとは違うディレクションを示すのはハードルが高いのですけど、それにトライしたのが年末のスパイラルホールのピアノソロでした。状況によってはっきり使い分けていますね。

2015年12月26日 ピアノソロのコンサート
自分の作品をやるときは、完全に満足いくセッティングじゃないと嫌だけど、例えばクラブイベントなんかの場合はスピーカーを持ち込むのは不可能だし、じゃあやらなければいいかというと発見もあるし、やりたいじゃないですか(笑)。だから、ほとんどコンピューターからマーシャルのギターアンプに突っ込んで鳴らしているようなチューニングしたりしてます。映像も薄っ茶けたプロジェクションは嫌だからストロボの点滅だけとか。ピアノだったらすごく新しいPAの仕方を試すかアンプラグドでやるか。そんなふうに使い分けてます。
藤田:空間の広さ、例えば教会みたいなところでやるのと、ライブハウスでやるのとは違うじゃないですか。シチュエーションによる部分ではどうですか。
渋谷:音楽というのは空間と時間をつくることだから、まず場所ありき。場所に最適化するようにしますね。例えばいいPAの人はすごく照明を気にします。PAのエンジニアと打ち合わせして、入ってくるなり最初に照明をチェックする人というのは、いいPAエンジニアです。スピーカーがどうとか、電源がどうとかずっと言っている人は、大体だめなPAエンジニアですね(笑)。聞こえ方は環境にすごく左右されるというのが分かっているかどうかなんですけど。
昔、クラシックのコンサートホールで完全にアンプラグドでやったときに、真っ暗にしてみた。なかなか完全に暗くならないから、スポットライトも消して譜面灯だけで、もう本当にぎりぎり譜面が僕も見えるか見えないかくらい。そうしたらたらお客さんのアンケートで「スピーカー何台使っているんですか? どういう立体音響なんですか?」とか書いてる人がたくさんいたんです(笑)。何も通してなくても、真っ暗で視覚を奪われて音に集中すれば、勝手に音が立ち上がっているように聞こえたりもする。
藤田:引き算ですね。目が不自由な方が聴覚が鋭くなったりすることも、あるそうですしね。
渋谷:そう、あると思います。僕はまさに、視力はすごく弱くて、コンタクト外すと何も見えないのです。ベッドからトイレまでも行けない(笑)。でも、朝起きてメガネをかけるまでの何も見えない時間、耳だけというか感覚だけみたいな空白の時間というのは、僕にとってすごく大事で、レーシック手術しようかなと思うんだけれど、あの時間がもったいなくてできない(笑)。

2014年 supervision
「場所」のディレクションを、アーティスティックディレクターに任せたら?
渋谷:空間と音ということでいうと、日本で気になるのは劇場のディレクションがはっきりしないことです。「こういうことをやりたいんだ」という主張、コンセプトをはっきり持っている場所が少ない。それは僕から見ると心細いというか、もったいなく見えます。2020東京オリンピックに向けて、ハコモノがどんどんできるじゃないですか。今のやり方でいくと無駄なものが大量にできるということになりますよね。それぞれの場所でアーティスティックディレクターを明確に決めて、責任持ってやらせるべきです。
アーティストのプロデューサーって、日本の場合は名前貸しみたいなプロデュースが多いけど、プロデュースの半分くらいは予算の管理というか対費用効果ですよね。例えば、僕がこの前やった「Digitally Show」という「MEDIA AMBITION TOKYO」のオープニングライブイベントの場合、出演者のギャラを含めた予算を預かった上でコンテンツを決めています。何人にしてくれとも言われてなくて、「予算これだけです。ギャラも配分してください」と言われて、予算内でどれだけクオリティー高いものを見せらるかということです。こういうことができないアーティストはだめだということは全くないんだけど、任せて面白いことをできるアーティストにはやらせた方がいいと思います。
※MEDIA AMBITION TOKYO (MAT) :最先端のテクノロジーカルチャーを東京から世界へ発信することをテーマに、2013年から六本木ヒルズをはじめとした会場で実験的な都市実装の試みを行っている。
なぜかというと、そうじゃないやり方は、日本の場合あまり成功を期待できないんです。劇場のキャラクターがそんなに強くないし、KAAT(神奈川芸術劇場)とかYCAM(山口情報芸術センター)とか幾つか方向性が明確なところはあるけど、この劇場ってこういうカラーだよねという個性を感じさせるところは本当に少ない。
藤田:確かに海外には多いですね。
渋谷:僕はパリでは、シャトレ座というところをレジデンスにしているけれど、彼らは新しいものも古典的なものも、オペラもミュージカルも全部やる。現代においてクオリティー高いものをやるんだという明確なビジョンがある。劇場がクリエーションのリアルな現場であり、文化のコアになっている。劇場に実際に人が集まって、遅くまでわいわい、かんかんがくがく議論してつくっていくという経験のプロセスがある。それはネットが進化しても、唯一絶対なくならない「場の価値」だとは思います。こういうと保守的に聞こえるかもしれないけど。
藤田:クリエーティブは、効率化なんか絶対できないですからね。
渋谷:できない。日本の場合は誰がこれを考えて実行しているのかをもっと明確にしないと何も変わらないでしょうね。劇場の芸術監督といっても実際どこまでの権限があるのかあまり見えない。2~3年の契約でアーティストを決めちゃって、予算も大まかに任せてプログラム組ませるということをやっていかないと個性のない場所ばかりがどんどんできて、日本の文化状況ももっとつまらないことになる気がしています。

2014年 Perfect Privacy

渋谷 慶一郎
作曲家/アーティスト
1973年生まれ。東京芸術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリースする。代表作に 「ATAK000+」「ATAK010 filmachine phonics」など。09年、初のピアノソロ・アルバム「ATAK015 for maria」を発表。2010年には「アワーミュージック 相対性理論 + 渋谷慶一郎」を発表。 以後、映画「死なない子供 荒川修作」「セイジ 陸の魚」「はじまりの記憶 杉本博司」「劇場版 SPEC~天~」、TBSドラマ「SPEC」など数多くの映像作品で音楽を担当。コンサートのプロデュースや、初音ミク主演による世界初の映像とコンピューター音響による人間不在のボーカロイド・オペラ「THE END」を制作、発表。パリ・シャトレ座や、オランダ・ホランドフェスティバルでの公演も話題となった。 最近ではJWAVEの新番組「AVALON」のサウンドプロデュースを手掛け、ヘビーローテーションされているテーマ曲が大きな話題となった。この5月にはパリでオペラ座のダンサー、ジャレミーベランガールらとのコラボレーションによる新作公演「Parade for The End of The World」が控えている。

藤田 卓也
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局 プランナー(2016年当時)
2003年4月電通入社。入社以来、イベント・スペース関連部署に所属。 イベント・スペース領域に加え、マーケティング、クリエーティブ、プロモーションなど領域にとらわれないプランニングを実践。
デジタルコミュニケーションで、人類を前進させる:杉山知之(後編)
- August / 08 / 2017
デジタル教育だからこそ、むしろ「アナログであること」をきちんと教える
杉山:新しく開校した「G’s ACADEMY」は何かというと、技術に強いハッカーみたいな人をつくっていくというよりは、こういう事業をやりたい、こういう解決方法があるはずというのを、プログラミングで表現する人をつくるのが目的で、そうすれば起業数もおのずと多くなるはずです。
金子:今はクリエーティブ職もデータドリブンの計測と解析に向き合いながらという時代ですよね。教育でも何かそのことによる変化はあるんですか。
杉山:そこはあまりないですね。逆にデータドリブンになればなるほど、身体感覚がきっと重要だと思っているので、大学ではアナログ的な教育をより充実させている面もあるんです。自分が人間であるということ、人間の性能とか、手先の感覚とか、皮膚感とか、そういうものまでデジタル化できる世の中だからこそ、そこをもう一回ちゃんと自分で考えておく。
プロになれば全て計測とかデータドリブンを信じる世界となるので、学生のうちに自分で身体感覚を確かめておくのが大切です。じゃないと本当に、エンジニアリングと身体感覚や感性、その双方をくっつけることができない。
金子:イベントづくり、商業空間づくり、街づくりで、デジタルハリウッド出身の面白いアーティストはいますか。僕も、新しい才能と知り合って組みたいので(笑)。
杉山:浅田真理さんとか。
金子:東急プラザ銀座のインスタレーションをやっていた人ですね。
杉山:3フロア展開のHINKA RINKA(ヒンカリンカ)のコーナーで、メインのエレベーター前3カ所に勝利の女神「サモトラケのニケ」をモチーフにしたオブジェを置いたんです。インタラクティブなメディアアート作品です。彼女はこれまでにいろいろな仕事をしてきましたが本学の院生でもあるのです。



勝利の女神「サモトラケのニケ」をモチーフにしたオブジェ
杉山:平田元吉さん(※1)という、ファッションとデジタルテクノロジーに取り組んでいる人も面白いですよ。
(※1)平田元吉…モード・ファクトリー・ドット・コム代表。デジタルハリウッド大学院メディアサイエンス研究所 杉山研究室研究員。「FashionTech Summit #001」発起人兼トータルディレクター。

メディアアンビショントーキョーの一環として開催した「FashionTech Summit」で講演をする平田元吉さん
杉山:大学の卒業制作であるにもかかわらず、プロを使う子も多いんです。中国から来た女子学生の林子依さんが、日本のファッションが大好きで、カワイイ系のテキスタイルをつくって着物にしたんですが、30年間日本の着物メーカーの下請けをやっているという中国の工場に頼んで、全部細かく指示してつくらせて、それを自分でつくったウェブサイトで売る、みたいなことをやっている。そして、それが卒業制作でもあるんです。

林子依さんの作品「chéri」
金子:完全に商売ですね(笑)。
杉山:そうなんですよ。卒業制作で、一個商売をつくったということですよね。出来上がった物もかわいかったんですけれど、僕はそういう一連の動きをむしろ評価している。だから表現がうまい子は、あっという間に実際の仕事をもらえるので、大学2年生ぐらいで出ていこうとする。そういう学生は卒業までいさせるのが大変(笑)。
今、人類は72億人ぐらいいますが、実は30歳以下の人が半分以上なんですよ。だから18歳の子には、「30歳以下の人たちに受け入れられることだけやれば、十二分に食えるから」と言ってます。大人が何と言っても関係ない、デジタルコミュニケーションという闘える武器さえあれば。まさに60年代後半にアメリカの若者が叫んだ「Don’t trust anyone over 30.」みたいな感じです(笑)。
金子:今の卒業生は、これから世界規模で闘うということですね。
杉山:そうです。日本にいるから少子高齢化で閉塞感があるけど、アジアなんかは若い人だらけだよって言うんです。若い人はみんなゲームやるし、アニメ見るしコンテンツ大好きだよね、子どもたちには教育コンテンツが必ず要るでしょ、という話をしている。みんな多いに納得してくれます。
非人間的なことは全部コンピューターにやらせて、人間自体の限界点を超える
金子:ICT、クリエーティブ、ビジネスを全部掛け算でやるとうたっていらっしゃいます。未来はどうなるでしょうね、この三つの掛け算で。杉山先生の目からどう見えていますか?
杉山:これまでは、それぞれの産業が人間社会をくまなく埋めて、すき間がないようになってきたように見えました。けど人がデジタルを使って働くことによって、ここまでくまなく回っていた事象の中に人がやらないでよい分野の穴がポコポコ開いて、人から見るとすかすかになってくるんですよ。それでも一応、網みたいには囲まれている。
そのすかすかの中で、職業を失っているという人もいたり、目標が分からないという人もいるかもしれないけれど、仕事がマシンに取って代わられていくことによって、人間は労働という拘束から出られる感じになってきているというビジュアライゼーションなんです、僕の頭の中の未来は。
もっと人間らしいこととか、もっと人だからこそ喜べることの世界に、むしろどんどん人が進出できる時代なんじゃないかな。そして進出していく先に、また新しいビジネスもつくれるという感覚を持っています。だから、エンジニアリングとデザインとビジネスの融合というのは、そのための当たり前の基本パッケージです。
コンテンツにこだわるのはなぜかというと、最終的には人間に対してやっている仕事なら、そのビシネスというのは人の心を動かすというのが全て。そこのノウハウは、エンターテインメント産業、日本でいえばコンテンツ産業にたまっているはずだと思うからです。
文学、美術、いろんなものの表現の脈々とした流れがあって、その流れを単なる個人の芸術というのを超えた形で表出し、人類にさまざまな意味で貢献していくというのが「ICT✕クリエーティブ✕ビジネス」の未来というビジョンを持っています。ここまで人間は行けるんだという限界点を広げるところに、挑戦していくしかない。
金子:やっと人間が目指していったところへ行ける道具が、そろってきたぞという感じですね。
杉山:昔は社会的な規範に頼って生きていられたし、この人の教えさえ守れば幸せに生きられる、そんなふうに自分を区切ることができたけど、そこのたがを外されちゃって、一人一人の人間が自分自身で自分の地平線をつくっていかなきゃいけない時代なんです。
どんなに大変でも、ただ精神的に内にこもって修業するというのではなくて、ポジティブにそんな近未来に打って出るための武器として、僕はデジタルコミュニケーションが役立つと25年前から思っているんです。やっとそういう時代がきたかなと。
そういう時代に面白がってトライする若い人を、できるだけ多く生み出すというのが僕の最後の役目と思っています。大変です。でも、しんどいのが逆に面白いですよ。つまり、挑戦できているという証しなのですから。

杉山 知之
デジタルハリウッド大学 学長/工学博士
1954年東京都生まれ。87年からMITメディアラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、学長を務めている。 2011年9月、上海音楽学院(中国)との合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。福岡コンテンツ産業振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員を務め、また「新日本様式」協議会、CG-ARTS協会、デジタルコンテンツ協会など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。 著書に「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」(ちくまプリマー新書)他。

金子 正明
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局(2016年当時)
デジタルハリウッド大学大学院修了。2006年6月電通入社。新聞局で新領域案件に従事。 プロモーション事業局で人材育成を経験。イベント&スペース・デザイン局でエクスペリエンス・テクノロジー部のソリューション検討メンバー。
光の特性を使い切るデザイン:岡安泉(後編)
- August / 15 / 2017
光の特性をつかみ、それを適切にデザインすること
藤田:LEDの新しい使い方については、何を考えていらっしゃいますか?。
岡安:見え方でしょうね。LEDが出てきたときの、ネガティブ側の印象というのは、光が冷たいとか汚いとか、かなりろくでもない物言いをされていた。だけど、当時は実際そうだったんです。
藤田:汚いというのは、どういう状態なんですか。
岡安:色が一色になりきらない。白だけど、ちょっとピンクっぽい白だったりして。
たまたま2010年に、東芝がヨーロッパにLEDの市場をつくりたいという話で、建築家の谷尻誠さんにミラノサローネに誘われたのですが、そのときにつくったのが、煙を流して、煙の裏側にLEDを入れて、LEDで煙の色を変えるということ。フルカラーを再現できるのがLEDのアドバンテージなので、そこをちゃんと見せようと思った。
その上で煙という流体をフィルターにすれば、色は混じり合うし、光の明るさも混じり合うので、LEDのバラつきは分からなくなる。その状況と鑑賞するための場をちゃんとつくれば十分感動できるものになると思った。つまり、LEDと人間の距離感をどう縮めるということをやった。そういう実験を今もやり続けているという感じです。

2010
Toshiba Milano Salone “Lucèste”
サポーズデザインオフィス
藤田:ピンチをチャンスに変えるというか、すごく面白いですね。流体といえば、2011年の東芝の水の作品もそうですよね。
岡安:そうですね。
建築家の田根剛さんとやったんですが、LEDの特徴の一つに高速応答性があって、信号を送るとすぐそれに反応する。それまでの光源はオン・オフとか調光とかすると、寿命にダイレクトに影響があったけど、LEDにはそれがない。その価値を魅力に変えたくて、ただ筋状に滝みたいに落ちている水に高速点滅するLEDの光を当てると、すごく小さな火花が空中に舞っているように見える。火花が明滅しているような見え方になるんです。

2011
Toshiba Milano Salone “Luce Tempo Luogo”
DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS
©Daici Ano
光は「ポータブルなもの」になり得るか?
藤田:次に狙っている方法論はありますか。
岡安:今、大きく目標に置いているのは、ポータブルなもの。例えば歴史をずっと遡って、百数十年前まで遡ると、火を使っていた時代までいくじゃないですか。そのころは、例えばろうそく1本だとしたら、それを中心に20センチ四方ぐらいで、せいぜい20ルクスの明るさしかとれないんです。それが現代の技術をもってすると、例えば六畳間に60ワットの電球1個あれば、くまなく同等の明るさがとれる。
想像ですが、白熱電球が生まれたときに、電球を前提に生活を変えていくというデザインの流れの中で、電球にふさわしい器具の形やいろんなものが決まっていったのではないかと思っています。その上で白熱電球の特徴を生かして、ダウンライトという形状ができたり、スポットライトみたいなものができたり。明かりに火を使っているころは、常に体のそばにあって火と人間が1対1で動いていますよね、空間に1個じゃなくて。
白熱電球が使えるようになってハイパワーなものができて、遠くから照らしても十分明るさがとれるから手元にある必要ないし、それ自身は熱いものだし感電もするから、白熱電球の特性を生かすという意味で照明器具が天井に向かっていったんだと思う。でもLEDはもともと弱電で、直流で動く半導体なので、感電の心配もないし発熱も小さくなっている。
そのようにエンジニアリングが進化したのだから、光がポータブルなものになってもいいんじゃないかと。みんなのポケットにはケータイもあるし、ケータイが光源になったって構わないというふうに考えていくと、光のポータブル化で次の豊かな何かがデザインできないかなと思っています。
それとは別に個人的な興味としては、流体にも相変わらず止まらない興味があるんですが、物の解像度にすごく興味があって。現象の解像度が変わるという行為で、人間の原初的な感情を揺さぶる何かをつくりたいなと、ずっと考えています。
今、春日大社の国宝館の常設で、インスタレーションをやらせてもらえることになっていて、10月1日から公開です。常設なので期間限定のいろいろな試みもやっていきたいと思っています。
テクノロジーを科学者に任せていると、生活の豊かさにはならない
藤田:世界的にテクノロジーとうまく付き合おうという機運がすごく高いですが、岡安さんはテクノロジーとどう向き合っていますか。
岡安:テクノロジーの活用方法を技術者とか開発者だけに任せておくと、人間をコントロールするような世界観に行きがちで、豊かさとリンクしない場合が往々にしてあると思うんです。一歩先のライフスタイルみたいなものをちゃんとデザインしておいた中にはまるテクノロジーじゃないと、生活が苦しいものになってしまうような気がします。
朝トイレで用を足すことによって健康状態が分かるといったときに、わざわざ健康チェックのためにトイレに行かなきゃいけないみたいなことが義務化するとか、人間を支配するような動きになりかねないですよね。だから、常に先回りしたビジョンをちゃんと考えておかなきゃいけないということだと思うんです。いったんテクノロジーが関係ないところで、究極気持ちいい暮らしとか、究極気持ちいいピクニックの仕方とかを常に考えて、そこにテクノロジーをどう当てはめるかというふうに考えていかないと、結局どちらもほどほどのものになっちゃう。
普段の仕事でもそうですが、クライアントからのオファーありきで物事を考え始めると、その範疇でのぎりぎりのものにしかならない。でも日常のいろんな行為への究極アイデアを僕なりに考えておくと、あるオファーが来たときに、それにかぶせることができる。
視覚以外の、「五感」の二つ目は必ず用意しておく
藤田:視覚は人間の体感に強く影響を与えるけど、照明で視覚以外のところにアプローチする、例えばダイレクトに触覚にアプローチするわけではないけど、あたかも触ったような感じになるとか、他の聴覚的な何かとか、そこらへんで目がある方法論はありますか。
岡安:難しいなあ。ただ、少なくとも僕がミラノでやるようなインスタレーションとか、今回の春日大社の作品でもそうですけれど、五感のうちの二つ目は必ず何か見つけておかないといけないというのが常にありますね。特にインスタレーションの場合は、視覚だけというのはだめで、五感のうちの二つ目を必ずうまく組み込んでおかないと、感動にまではたどり着けない。
二つ目が何になるかというのはすごく重要で、建築家の谷尻誠さんとやったときだと、前室の床に段ボールのチップを敷ことで、足から感じる感覚をまず変えちゃう、ということを谷尻さんがデザインしました。その空間に入る前の心の準備みたいなことかもしれないんですが、五感のうちの視覚は当然僕がやるとして、その次の第二感、第三感をちゃんと意識してコントロールするというのをやらないとうまくいかないですね。毎回違うんですけどね。何をターゲットにするかというのは。

2010
Toshiba Milano Salone “Lucèste”
サポーズデザインオフィス
岡安:そこで見えているものが美しいプラス、つい考えてしまうという、頭を使いたくなってしまうような状況をちゃんと用意しておくと、五感のうちの触覚だとか味覚はコントロールしていなくても、十分に二つ目の感覚を揺さぶるものになるんじゃないかなとも思っていて、春日大社で今やっている作品に関して言うと、「信仰の場」として、自然に考えたくなっちゃうような状況を作品で用意している。考えるための誘導を、見た目の次に用意しているという感じです。
藤田:僕がプランニングで、どういうものに出合ってもらうかをデザインするときも、それがモチベーションをデザインするというところまで落ちていないと、刹那的というか消え物的になってしまう。考えさせるデザインという発想は、目ウロコです。岡安さんにも、難産だった仕事なんてありますか。

岡安:結局一番難産なのは、ただ普通の照明計画をして終わったものですね。思い悩んで苦しんで、苦しんだけど何もできませんでしたというのは、ただの照明計画になってしまうんですよね。
僕の仕事も多分半数ぐらいは実はそうなってしまっていて、何か価値のある提案を提供したいし、こういうことをやりたいと思ってもいたけど、予算がこれしかないとかの条件でできないとか、施主さんを説得しきれなくてグレードが下がってしまったりします。何でもないものをつくるということが一番苦しくて、出来上がりを見るのもつらい。
藤田:深いなあ。他の人の仕事で、「これはやられた」と感じたものってありますか。
岡安:僕は、デザインに興味があって始めたんじゃないので、あまり人の情報を知らない。多分、経験と知識のない中でやると、人と違うものができるということなんじゃないかな。下手に知らないのが、いい側に働いている可能性はありますね。
藤田:距離感は大事ですよね。普段の生活の中で、一番興味があることは何ですか。
岡安:何だろう。やっぱり光かな。光だったり、水だったり…。趣味ないんですよ、僕。普段何やっているかというと、隅田川の光の反射を見ていたりとか。なんかだめな人間なんです(笑)。何となく、いつも光を見ていたりします。雨の日の街灯をずっと見るとか。
藤田:まさに岡安さんにとって照明デザインは天職ですね! 今日は本当にありがとうございました。

岡安 泉
岡安泉照明設計事務所 照明デザイナー
1972年神奈川県生まれ。1994年日本大学農獣医学部卒業後、生物系特定産業技術研究推進機構、照明器具メーカーを経て、2005年岡安泉照明設計事務所を設立。 建築空間・商業空間の照明計画、照明器具のデザイン、インスタレーションなど光にまつわるすべてのデザインを国内外問わずおこなっている。 これまで青木淳「白い教会」、伊東豊雄「generative order-伊東 豊雄展」、隈研吾「浅草文化観光センター」、山本理顕「ナミックステクノコア」などの照明計画を手掛けるほかミラノサローネなどの展示会において多くのインスタレーションを手掛けている。

藤田 卓也
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局 プランナー(2016年当時)
2003年4月電通入社。入社以来、イベント・スペース関連部署に所属。 イベント・スペース領域に加え、マーケティング、クリエーティブ、プロモーションなど領域にとらわれないプランニングを実践。

杉山 知之
デジタルハリウッド大学 学長/工学博士
1954年東京都生まれ。87年からMITメディアラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、学長を務めている。 2011年9月、上海音楽学院(中国)との合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。福岡コンテンツ産業振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員を務め、また「新日本様式」協議会、CG-ARTS協会、デジタルコンテンツ協会など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。 著書に「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」(ちくまプリマー新書)他。

金子 正明
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局(2016年当時)
デジタルハリウッド大学大学院修了。2006年6月電通入社。新聞局で新領域案件に従事。 プロモーション事業局で人材育成を経験。イベント&スペース・デザイン局でエクスペリエンス・テクノロジー部のソリューション検討メンバー。
水のように空気のように、おもてなしを科学する:北川竜也(前編)
- July / 26 / 2017
伊勢丹のテクノロジー施策が目指す、未来の「見せ方、売り方」
尾崎:今日は、三越伊勢丹HDのテクノロジー施策について伺います。まず、昨年の「彩り祭」ではどのように取り組まれたのですか。

彩り祭
北川:三越伊勢丹のグループ会社である岩田屋や丸井今井も含めて、全国で「彩り祭」という一つのキーワードでキャンペーンを行っているのですが、昨年は「デジタル」がその中心キーワードでした。購買して頂いた商品だけでなく、体験までお持ち帰りいただけるような企画を、全館で目指しました。
ファッション×テクノロジーの体験は、Makuakeのようなクラウドファンディングの仕組みで生み出されたものの展示や、人工知能を使ったスタイリングなどものすごく幅が広いので、一見雑多に見えるかもしれないですけれど、いろいろな角度から紹介してみようとやってみました。
尾崎:その他にも、「Decoded Fashion Tokyo」にも協賛されていますね。
北川:はい。「Decoded Fashion Tokyo」では、テクノロジーを使ったアイデアコンペティションを主催し、優勝した「Memomi」というデジタル技術を活用した姿見と、準優勝の糸から布までつくる3Dプリンティングの二つを彩り祭でも展示しました。ものづくりは3Dプリンティングの登場によって、本当に大きくこれから変わりますよ ね。
糸から布までつくる3Dプリンターそのものはまだ試作機がアメリカに1台しかないので、日本に持ってくるのはリスクがあり過ぎる。それで、縫い目のないタンクトップなどこのプリンターを使って作られた製品の実物を展示して、その製造工程は映像で見て頂きました。液状化された繊維がシューッと型紙に吹きつけられて、乾いて型紙から抜けばもう服になっている、というような工程です。
お客さまの将来の生活の中で、洋服がどのように供給されるのか、その可能性をお伝えしたかったわけです。全部が置き換わるとは思いませんが、3Dの技術がもっと進化すれば、体にぴったりくるものがわずか数分でパッとプリンティングできる。それが数百円で買える、というような世界が来てしまったら、オーダーメードの概念も変わりますよね。
「Memomi」の方は分かりやすくて、服を着ていただいて鏡の前に立ったときに、いろんな体験がそこでできるわけです。自分の背中側まで、全ての角度をじっくりと見られるとか、服の色が変えられるとか。そこで撮った画像を例えば恋人に相談したいときにSNSですぐ送れるとか。ネットでしかできなかった「体験」が、リアルな空間と結びついて出てくることに意味があると思うのです。

Memomi

3DプリンターでつくられたTシャツ
人工知能を使った、伊勢丹ならではのスタイリング提案
北川:実は、人工知能を使ったスタイリングの提案というのは、本館、メンズ館ともに既にやっています。われわれはライフスタイル提案企業なので、例えばウエアラブルデバイスを提供するとしても、それを使うことで健康管理ができて、よりアクティブに人生を生きるとか、自分の両親にそれをプレゼントして両親の健康管理を遠隔でやれるようにしようとか、テクノロジーによって今までできなかったことができるようになり、人生が豊かになったり楽しくなったりということを提供したい。時計型、メガネ型、スマートデバイスも販売していますが、5年後ぐらいを見据えて、体験の提案を重ねて学んでいきたいですね。
尾崎:「ISETANナビ」も導入されていますね。
北川:はい、伊勢丹新宿店の中にはすでにビーコンが数百個ついていて、そのビーコンを使ってナビゲーションをするのが「ISETANナビ」というアプリです。現時点ではまだ発展途上のアプリで、今後はお客さまとの1to1コミュニケーションなどにも活用の幅を広げてゆく必要があります。
尾崎:アプリを使ってもらいながら、どうやって売り場にも来てもらうか、難しい大きなテーマですね。アプリがあれば、何でもどこでも買えてしまうし。
北川:若い人が車を買わなくなったという話がありますが、どこかでお金は使っているわけです。食費とか通信料とか、要するに自分がお金を掛けるポイントが変わってきている。同じように1日24時間でも、その24時間をどこで使うのか、どう過ごすのかのポイントが変わってきているだけで、必ず時間は使っている。
お客さまが店に来てくださるときは、商品を買うためだけとは限りません。例えばコートを買いに来たとしても、暖かいという機能だけを買っているわけではなくて、それを着ることによって、例えば今日のデートに華を添えるだとか、そういう自分の日常生活を豊かにして、何かが変えるという体験を買っていただいているのです。その「体験」をご提供するという意味でリアルな空間はとても大事です。
その意味で、百貨店という空間の中で良い意味での魔法にかかっていただくということが非常に重要だと思っていて、ものすごくいい時間をお過ごしいただければ、購買の手段は店舗でもオンラインでもどちらでも良いわけです。買った商品を持ち帰って開けるワクワク感も一つの魔法かもしれませんが。
デジタルの仕組みはちゃんと整えるけど、本質的にはリアルの場にどれだけ知恵とリソースをかけられるかがこれから重要で、リアルな場の価値は、実はデジタルがあるからこそ相乗効果で高まると考えています。
デジタルテクノロジーは「水のように、空気のように」
尾崎:デジタルによって、リアルの価値が上がる。アプリの使い方でいうと、例えばどのようなことですか。
北川:僕は、「水のように、空気のように」というキーワードを最近よく使っていて、要するに、必要不可欠だけれども、その存在を常に意識することがないくらいのインフラ、という捉え方をデジタルにおいてはするべきだと思っています。例えば伊勢丹メンズ館2階が行きつけだとして、アプリを立ち上げて、アドバイスをもらうために、週末のいつものスタイリストの予定を予約しておこうとか。それを当たり前のようにお客様が行って下さるような状態になるべきだと思います。
尾崎:人工知能が自分のパーソナリティーを理解してくれて、1to1の商品を出してくれるとかもできますね。
北川:いくらアルゴリズムが進化したとしても、スタイリストのセンスなど人間対人間のコミュニケーションが当社として最も大事なところですが、一方で人工知能が事前にレコメンデーションをたくさん出してきて、発想の幅が広がると実際の会話の幅も当然広がる。スタイリストがお客様との過去のやり取り全てや、商品すべてを覚えておくことは不可能ですし。来ていただいた瞬間に情報は「分かっている」上で、店頭では1to1の対話を深める、そんなツールになっていくのが理想型ですね。そういうプロセスを当たり前のものにしていきたい。

北川 竜也
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 秘書室 特命担当部長
大学卒業後、国連の活動を支援するNGOで国際法廷の設立などのプロジェクトにアシスタントとして従事。 日本帰国後、企業風土改革を行うスコラ・コンサルタントで主に大企業の組織活性化に携わった後、創業間もないクオンタムリープに参画。 大企業の新事業創出支援やベンチャー企業支援の場作りなどの事業を担当。 クオンタムリープを退社後、アレックスの創業に参画。会社の運営と併せ、Made in Japan / Made by Japaneseのハイクオリティーな商品を世界に向けて紹介・販売するEコマース事業の立ち上げと運営を行う。その後、三越伊勢丹ホールディングスに入社。現在に至る。

尾崎 賢司
株式会社電通 電通ライブ
2010年電通入社。入社以来5年間、イベント&スペース領域の企画・制作を担当。エクスペリエンス・テクノロジー部の発足以来、ウェブやアプリの制作、キャンペーンなど担当領域を広げ、活動中。
音楽とは空間と時間をつくること:渋谷慶一郎(前編)
- July / 31 / 2017
空間に、どう音楽を存在させるか
藤田:日頃プランニングの基点をいろいろ探る中で、音楽というものをいま一度整理して、自分の蓄えにできたらと思っています。今日はクリエーションをするときの発想の源泉をお伺いしていきます。
イベントの企画では、照明と音は予算が切られがちなのですが、音はものすごく大事だと思います。人間は音から情報を得る部分が多いじゃないですか、もしかしたら視覚より多いかもしれない。
渋谷:どういう音や音響がいいかということは、結局言い切れないと思う。僕が最近、衝撃を受けたのはドーバーストリートマーケット。館内放送で音楽をかけるのをやめてiPhoneを差したラジカセみたいなコンポをぼこぼこ置いて、音楽を鳴らしているんですよ。館内を一つの音楽で統一するのをやめた。
※ドーバーストリートマーケットギンザ:ファッションデザイナー川久保玲氏がディレクションするコンセプトストア。
これは商空間の場合、どうせ大したスピーカーを入れられないのなら、決してハイファイの音ではないけれど、サテライト的、同時多発的に音を鳴らす方が現代的なリアリティーがあるということだと思うんです。それはディレクターの川久保玲さんの明確な方向性というか同時代性に対する感覚なのかもしれないですけど、多分20年後の究極にシンプルなセッティングがこれなんだろという、未来から今を見た視点なのかもしれないと思ったりもします。
僕は美術やダンス、ファッションともいろいろコラボレーションするけれど、究極的には彼らは「音楽なんてどうでもいい」と思っていますよ(笑)。どうでもいい、というのは自分のクリエーションに比べてという意味ね。逆に音楽が大事にしてもらえるのは、コンサートとかオペラのような音楽中心のイベントだけです。美術家にとって大事なのは美術で、自分の作品。視覚が重要で音なんかなくてもいいんです。
でも、なくてもいいものを、なきゃいけないものにするとしたら、どういう方法があるかを考えるところから、僕のコラボレーションが始まる。これは今思いついていない、音と何かの関係をつくり出すということです。ですから、ことさら音の優位性とか、どんなときだって音楽は大事だなどと言う気はない。いっそ音はなしにしましょうとか、音をイメージさせるスピーカーだけ置きましょうとか、そういうこともあります。
藤田:なるほど。面白いなあ。そういうつき合い方もありますよね。例えば高音質にしたとしても、お客さんも実際はほとんど分からないですし。
渋谷:でも、圧倒的に質がいいのは分かりますよ。どんな素人でも、未経験の人でも、ギャルでも老人でも、誰でも分かりますよ、圧倒的な音の良さは。でも圧倒的じゃないと分からないでしょうね。
「リアリティー」と「スピーカーのリアリティー」は、使い分けて考える
藤田:渋谷でやった時のボーカロイド・オペラ「THE END」に行かせてもらいました。ノイズミュージックも取り入れているのに、全然耳が痛くならないですね。
渋谷:サウンドシステムは、予算にすごく左右される。「THE END」の場合はオペラだから、音楽がもちろん一番大事です。渋谷のBunkamuraでやったときのPA機材は、横浜アリーナでロックのコンサートをやるときと同じくらいの規模のものを入れました。アリーナでコンサートやるのと同じ物量を入れてやるのは、アリーナみたいな音にしたいからじゃなくて、余裕を持って鳴らさないと特に電子音楽は耳が痛いんです。金切り声みたいにならないように、ぎりぎり余裕を持って音を出すには、100台以上スピーカーを持ち込んで総量8トンになりました。でも、それが必要なのです。




逆に、最近だと年末に青山のスパイラルホールで比較的規模の大きなピアノソロのコンサートをやる前に、本当のアンプラグドを小さいホールで2日間だけやってみた。一晩100人と人数がすごく少ないから、告知もしなかったんだけど一晩でチケットが売り切れてほとんどの人は体験できなかったんだけど(笑)。音がいいのは当然で、スピーカーも使わず固体振動というか、ピアノを弾いてそのモノが実際にたたかれて揺れているのを同じ空間で体験するのはすごくぜいたくでした。で、スピーカーを使って楽器がつくる空気振動に近づける、もしくはそれとは違うディレクションを示すのはハードルが高いのですけど、それにトライしたのが年末のスパイラルホールのピアノソロでした。状況によってはっきり使い分けていますね。

2015年12月26日 ピアノソロのコンサート
自分の作品をやるときは、完全に満足いくセッティングじゃないと嫌だけど、例えばクラブイベントなんかの場合はスピーカーを持ち込むのは不可能だし、じゃあやらなければいいかというと発見もあるし、やりたいじゃないですか(笑)。だから、ほとんどコンピューターからマーシャルのギターアンプに突っ込んで鳴らしているようなチューニングしたりしてます。映像も薄っ茶けたプロジェクションは嫌だからストロボの点滅だけとか。ピアノだったらすごく新しいPAの仕方を試すかアンプラグドでやるか。そんなふうに使い分けてます。
藤田:空間の広さ、例えば教会みたいなところでやるのと、ライブハウスでやるのとは違うじゃないですか。シチュエーションによる部分ではどうですか。
渋谷:音楽というのは空間と時間をつくることだから、まず場所ありき。場所に最適化するようにしますね。例えばいいPAの人はすごく照明を気にします。PAのエンジニアと打ち合わせして、入ってくるなり最初に照明をチェックする人というのは、いいPAエンジニアです。スピーカーがどうとか、電源がどうとかずっと言っている人は、大体だめなPAエンジニアですね(笑)。聞こえ方は環境にすごく左右されるというのが分かっているかどうかなんですけど。
昔、クラシックのコンサートホールで完全にアンプラグドでやったときに、真っ暗にしてみた。なかなか完全に暗くならないから、スポットライトも消して譜面灯だけで、もう本当にぎりぎり譜面が僕も見えるか見えないかくらい。そうしたらたらお客さんのアンケートで「スピーカー何台使っているんですか? どういう立体音響なんですか?」とか書いてる人がたくさんいたんです(笑)。何も通してなくても、真っ暗で視覚を奪われて音に集中すれば、勝手に音が立ち上がっているように聞こえたりもする。
藤田:引き算ですね。目が不自由な方が聴覚が鋭くなったりすることも、あるそうですしね。
渋谷:そう、あると思います。僕はまさに、視力はすごく弱くて、コンタクト外すと何も見えないのです。ベッドからトイレまでも行けない(笑)。でも、朝起きてメガネをかけるまでの何も見えない時間、耳だけというか感覚だけみたいな空白の時間というのは、僕にとってすごく大事で、レーシック手術しようかなと思うんだけれど、あの時間がもったいなくてできない(笑)。

2014年 supervision
「場所」のディレクションを、アーティスティックディレクターに任せたら?
渋谷:空間と音ということでいうと、日本で気になるのは劇場のディレクションがはっきりしないことです。「こういうことをやりたいんだ」という主張、コンセプトをはっきり持っている場所が少ない。それは僕から見ると心細いというか、もったいなく見えます。2020東京オリンピックに向けて、ハコモノがどんどんできるじゃないですか。今のやり方でいくと無駄なものが大量にできるということになりますよね。それぞれの場所でアーティスティックディレクターを明確に決めて、責任持ってやらせるべきです。
アーティストのプロデューサーって、日本の場合は名前貸しみたいなプロデュースが多いけど、プロデュースの半分くらいは予算の管理というか対費用効果ですよね。例えば、僕がこの前やった「Digitally Show」という「MEDIA AMBITION TOKYO」のオープニングライブイベントの場合、出演者のギャラを含めた予算を預かった上でコンテンツを決めています。何人にしてくれとも言われてなくて、「予算これだけです。ギャラも配分してください」と言われて、予算内でどれだけクオリティー高いものを見せらるかということです。こういうことができないアーティストはだめだということは全くないんだけど、任せて面白いことをできるアーティストにはやらせた方がいいと思います。
※MEDIA AMBITION TOKYO (MAT) :最先端のテクノロジーカルチャーを東京から世界へ発信することをテーマに、2013年から六本木ヒルズをはじめとした会場で実験的な都市実装の試みを行っている。
なぜかというと、そうじゃないやり方は、日本の場合あまり成功を期待できないんです。劇場のキャラクターがそんなに強くないし、KAAT(神奈川芸術劇場)とかYCAM(山口情報芸術センター)とか幾つか方向性が明確なところはあるけど、この劇場ってこういうカラーだよねという個性を感じさせるところは本当に少ない。
藤田:確かに海外には多いですね。
渋谷:僕はパリでは、シャトレ座というところをレジデンスにしているけれど、彼らは新しいものも古典的なものも、オペラもミュージカルも全部やる。現代においてクオリティー高いものをやるんだという明確なビジョンがある。劇場がクリエーションのリアルな現場であり、文化のコアになっている。劇場に実際に人が集まって、遅くまでわいわい、かんかんがくがく議論してつくっていくという経験のプロセスがある。それはネットが進化しても、唯一絶対なくならない「場の価値」だとは思います。こういうと保守的に聞こえるかもしれないけど。
藤田:クリエーティブは、効率化なんか絶対できないですからね。
渋谷:できない。日本の場合は誰がこれを考えて実行しているのかをもっと明確にしないと何も変わらないでしょうね。劇場の芸術監督といっても実際どこまでの権限があるのかあまり見えない。2~3年の契約でアーティストを決めちゃって、予算も大まかに任せてプログラム組ませるということをやっていかないと個性のない場所ばかりがどんどんできて、日本の文化状況ももっとつまらないことになる気がしています。

2014年 Perfect Privacy

渋谷 慶一郎
作曲家/アーティスト
1973年生まれ。東京芸術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリースする。代表作に 「ATAK000+」「ATAK010 filmachine phonics」など。09年、初のピアノソロ・アルバム「ATAK015 for maria」を発表。2010年には「アワーミュージック 相対性理論 + 渋谷慶一郎」を発表。 以後、映画「死なない子供 荒川修作」「セイジ 陸の魚」「はじまりの記憶 杉本博司」「劇場版 SPEC~天~」、TBSドラマ「SPEC」など数多くの映像作品で音楽を担当。コンサートのプロデュースや、初音ミク主演による世界初の映像とコンピューター音響による人間不在のボーカロイド・オペラ「THE END」を制作、発表。パリ・シャトレ座や、オランダ・ホランドフェスティバルでの公演も話題となった。 最近ではJWAVEの新番組「AVALON」のサウンドプロデュースを手掛け、ヘビーローテーションされているテーマ曲が大きな話題となった。この5月にはパリでオペラ座のダンサー、ジャレミーベランガールらとのコラボレーションによる新作公演「Parade for The End of The World」が控えている。

藤田 卓也
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局 プランナー(2016年当時)
2003年4月電通入社。入社以来、イベント・スペース関連部署に所属。 イベント・スペース領域に加え、マーケティング、クリエーティブ、プロモーションなど領域にとらわれないプランニングを実践。
デジタルコミュニケーションで、人類を前進させる:杉山知之(後編)
- August / 08 / 2017
デジタル教育だからこそ、むしろ「アナログであること」をきちんと教える
杉山:新しく開校した「G’s ACADEMY」は何かというと、技術に強いハッカーみたいな人をつくっていくというよりは、こういう事業をやりたい、こういう解決方法があるはずというのを、プログラミングで表現する人をつくるのが目的で、そうすれば起業数もおのずと多くなるはずです。
金子:今はクリエーティブ職もデータドリブンの計測と解析に向き合いながらという時代ですよね。教育でも何かそのことによる変化はあるんですか。
杉山:そこはあまりないですね。逆にデータドリブンになればなるほど、身体感覚がきっと重要だと思っているので、大学ではアナログ的な教育をより充実させている面もあるんです。自分が人間であるということ、人間の性能とか、手先の感覚とか、皮膚感とか、そういうものまでデジタル化できる世の中だからこそ、そこをもう一回ちゃんと自分で考えておく。
プロになれば全て計測とかデータドリブンを信じる世界となるので、学生のうちに自分で身体感覚を確かめておくのが大切です。じゃないと本当に、エンジニアリングと身体感覚や感性、その双方をくっつけることができない。
金子:イベントづくり、商業空間づくり、街づくりで、デジタルハリウッド出身の面白いアーティストはいますか。僕も、新しい才能と知り合って組みたいので(笑)。
杉山:浅田真理さんとか。
金子:東急プラザ銀座のインスタレーションをやっていた人ですね。
杉山:3フロア展開のHINKA RINKA(ヒンカリンカ)のコーナーで、メインのエレベーター前3カ所に勝利の女神「サモトラケのニケ」をモチーフにしたオブジェを置いたんです。インタラクティブなメディアアート作品です。彼女はこれまでにいろいろな仕事をしてきましたが本学の院生でもあるのです。



勝利の女神「サモトラケのニケ」をモチーフにしたオブジェ
杉山:平田元吉さん(※1)という、ファッションとデジタルテクノロジーに取り組んでいる人も面白いですよ。
(※1)平田元吉…モード・ファクトリー・ドット・コム代表。デジタルハリウッド大学院メディアサイエンス研究所 杉山研究室研究員。「FashionTech Summit #001」発起人兼トータルディレクター。

メディアアンビショントーキョーの一環として開催した「FashionTech Summit」で講演をする平田元吉さん
杉山:大学の卒業制作であるにもかかわらず、プロを使う子も多いんです。中国から来た女子学生の林子依さんが、日本のファッションが大好きで、カワイイ系のテキスタイルをつくって着物にしたんですが、30年間日本の着物メーカーの下請けをやっているという中国の工場に頼んで、全部細かく指示してつくらせて、それを自分でつくったウェブサイトで売る、みたいなことをやっている。そして、それが卒業制作でもあるんです。

林子依さんの作品「chéri」
金子:完全に商売ですね(笑)。
杉山:そうなんですよ。卒業制作で、一個商売をつくったということですよね。出来上がった物もかわいかったんですけれど、僕はそういう一連の動きをむしろ評価している。だから表現がうまい子は、あっという間に実際の仕事をもらえるので、大学2年生ぐらいで出ていこうとする。そういう学生は卒業までいさせるのが大変(笑)。
今、人類は72億人ぐらいいますが、実は30歳以下の人が半分以上なんですよ。だから18歳の子には、「30歳以下の人たちに受け入れられることだけやれば、十二分に食えるから」と言ってます。大人が何と言っても関係ない、デジタルコミュニケーションという闘える武器さえあれば。まさに60年代後半にアメリカの若者が叫んだ「Don’t trust anyone over 30.」みたいな感じです(笑)。
金子:今の卒業生は、これから世界規模で闘うということですね。
杉山:そうです。日本にいるから少子高齢化で閉塞感があるけど、アジアなんかは若い人だらけだよって言うんです。若い人はみんなゲームやるし、アニメ見るしコンテンツ大好きだよね、子どもたちには教育コンテンツが必ず要るでしょ、という話をしている。みんな多いに納得してくれます。
非人間的なことは全部コンピューターにやらせて、人間自体の限界点を超える
金子:ICT、クリエーティブ、ビジネスを全部掛け算でやるとうたっていらっしゃいます。未来はどうなるでしょうね、この三つの掛け算で。杉山先生の目からどう見えていますか?
杉山:これまでは、それぞれの産業が人間社会をくまなく埋めて、すき間がないようになってきたように見えました。けど人がデジタルを使って働くことによって、ここまでくまなく回っていた事象の中に人がやらないでよい分野の穴がポコポコ開いて、人から見るとすかすかになってくるんですよ。それでも一応、網みたいには囲まれている。
そのすかすかの中で、職業を失っているという人もいたり、目標が分からないという人もいるかもしれないけれど、仕事がマシンに取って代わられていくことによって、人間は労働という拘束から出られる感じになってきているというビジュアライゼーションなんです、僕の頭の中の未来は。
もっと人間らしいこととか、もっと人だからこそ喜べることの世界に、むしろどんどん人が進出できる時代なんじゃないかな。そして進出していく先に、また新しいビジネスもつくれるという感覚を持っています。だから、エンジニアリングとデザインとビジネスの融合というのは、そのための当たり前の基本パッケージです。
コンテンツにこだわるのはなぜかというと、最終的には人間に対してやっている仕事なら、そのビシネスというのは人の心を動かすというのが全て。そこのノウハウは、エンターテインメント産業、日本でいえばコンテンツ産業にたまっているはずだと思うからです。
文学、美術、いろんなものの表現の脈々とした流れがあって、その流れを単なる個人の芸術というのを超えた形で表出し、人類にさまざまな意味で貢献していくというのが「ICT✕クリエーティブ✕ビジネス」の未来というビジョンを持っています。ここまで人間は行けるんだという限界点を広げるところに、挑戦していくしかない。
金子:やっと人間が目指していったところへ行ける道具が、そろってきたぞという感じですね。
杉山:昔は社会的な規範に頼って生きていられたし、この人の教えさえ守れば幸せに生きられる、そんなふうに自分を区切ることができたけど、そこのたがを外されちゃって、一人一人の人間が自分自身で自分の地平線をつくっていかなきゃいけない時代なんです。
どんなに大変でも、ただ精神的に内にこもって修業するというのではなくて、ポジティブにそんな近未来に打って出るための武器として、僕はデジタルコミュニケーションが役立つと25年前から思っているんです。やっとそういう時代がきたかなと。
そういう時代に面白がってトライする若い人を、できるだけ多く生み出すというのが僕の最後の役目と思っています。大変です。でも、しんどいのが逆に面白いですよ。つまり、挑戦できているという証しなのですから。

杉山 知之
デジタルハリウッド大学 学長/工学博士
1954年東京都生まれ。87年からMITメディアラボ客員研究員として3年間活動。90年国際メディア研究財団・主任研究員、93年 日本大学短期大学部専任講師を経て、94年10月 デジタルハリウッド設立。2004年日本初の株式会社立「デジタルハリウッド大学院」を開学。翌年、「デジタルハリウッド大学」を開学し、現在、学長を務めている。 2011年9月、上海音楽学院(中国)との合作学部「デジタルメディア芸術学院」を設立、同学院の学院長に就任。福岡コンテンツ産業振興会議会長、内閣官房知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員を務め、また「新日本様式」協議会、CG-ARTS協会、デジタルコンテンツ協会など多くの委員を歴任。99年度デジタルメディア協会AMDアワード・功労賞受賞。 著書に「クール・ジャパン 世界が買いたがる日本」(祥伝社)、「クリエイター・スピリットとは何か?」(ちくまプリマー新書)他。

金子 正明
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局(2016年当時)
デジタルハリウッド大学大学院修了。2006年6月電通入社。新聞局で新領域案件に従事。 プロモーション事業局で人材育成を経験。イベント&スペース・デザイン局でエクスペリエンス・テクノロジー部のソリューション検討メンバー。
光の特性を使い切るデザイン:岡安泉(後編)
- August / 15 / 2017
光の特性をつかみ、それを適切にデザインすること
藤田:LEDの新しい使い方については、何を考えていらっしゃいますか?。
岡安:見え方でしょうね。LEDが出てきたときの、ネガティブ側の印象というのは、光が冷たいとか汚いとか、かなりろくでもない物言いをされていた。だけど、当時は実際そうだったんです。
藤田:汚いというのは、どういう状態なんですか。
岡安:色が一色になりきらない。白だけど、ちょっとピンクっぽい白だったりして。
たまたま2010年に、東芝がヨーロッパにLEDの市場をつくりたいという話で、建築家の谷尻誠さんにミラノサローネに誘われたのですが、そのときにつくったのが、煙を流して、煙の裏側にLEDを入れて、LEDで煙の色を変えるということ。フルカラーを再現できるのがLEDのアドバンテージなので、そこをちゃんと見せようと思った。
その上で煙という流体をフィルターにすれば、色は混じり合うし、光の明るさも混じり合うので、LEDのバラつきは分からなくなる。その状況と鑑賞するための場をちゃんとつくれば十分感動できるものになると思った。つまり、LEDと人間の距離感をどう縮めるということをやった。そういう実験を今もやり続けているという感じです。

2010
Toshiba Milano Salone “Lucèste”
サポーズデザインオフィス
藤田:ピンチをチャンスに変えるというか、すごく面白いですね。流体といえば、2011年の東芝の水の作品もそうですよね。
岡安:そうですね。
建築家の田根剛さんとやったんですが、LEDの特徴の一つに高速応答性があって、信号を送るとすぐそれに反応する。それまでの光源はオン・オフとか調光とかすると、寿命にダイレクトに影響があったけど、LEDにはそれがない。その価値を魅力に変えたくて、ただ筋状に滝みたいに落ちている水に高速点滅するLEDの光を当てると、すごく小さな火花が空中に舞っているように見える。火花が明滅しているような見え方になるんです。

2011
Toshiba Milano Salone “Luce Tempo Luogo”
DORELL.GHOTMEH.TANE / ARCHITECTS
©Daici Ano
光は「ポータブルなもの」になり得るか?
藤田:次に狙っている方法論はありますか。
岡安:今、大きく目標に置いているのは、ポータブルなもの。例えば歴史をずっと遡って、百数十年前まで遡ると、火を使っていた時代までいくじゃないですか。そのころは、例えばろうそく1本だとしたら、それを中心に20センチ四方ぐらいで、せいぜい20ルクスの明るさしかとれないんです。それが現代の技術をもってすると、例えば六畳間に60ワットの電球1個あれば、くまなく同等の明るさがとれる。
想像ですが、白熱電球が生まれたときに、電球を前提に生活を変えていくというデザインの流れの中で、電球にふさわしい器具の形やいろんなものが決まっていったのではないかと思っています。その上で白熱電球の特徴を生かして、ダウンライトという形状ができたり、スポットライトみたいなものができたり。明かりに火を使っているころは、常に体のそばにあって火と人間が1対1で動いていますよね、空間に1個じゃなくて。
白熱電球が使えるようになってハイパワーなものができて、遠くから照らしても十分明るさがとれるから手元にある必要ないし、それ自身は熱いものだし感電もするから、白熱電球の特性を生かすという意味で照明器具が天井に向かっていったんだと思う。でもLEDはもともと弱電で、直流で動く半導体なので、感電の心配もないし発熱も小さくなっている。
そのようにエンジニアリングが進化したのだから、光がポータブルなものになってもいいんじゃないかと。みんなのポケットにはケータイもあるし、ケータイが光源になったって構わないというふうに考えていくと、光のポータブル化で次の豊かな何かがデザインできないかなと思っています。
それとは別に個人的な興味としては、流体にも相変わらず止まらない興味があるんですが、物の解像度にすごく興味があって。現象の解像度が変わるという行為で、人間の原初的な感情を揺さぶる何かをつくりたいなと、ずっと考えています。
今、春日大社の国宝館の常設で、インスタレーションをやらせてもらえることになっていて、10月1日から公開です。常設なので期間限定のいろいろな試みもやっていきたいと思っています。
テクノロジーを科学者に任せていると、生活の豊かさにはならない
藤田:世界的にテクノロジーとうまく付き合おうという機運がすごく高いですが、岡安さんはテクノロジーとどう向き合っていますか。
岡安:テクノロジーの活用方法を技術者とか開発者だけに任せておくと、人間をコントロールするような世界観に行きがちで、豊かさとリンクしない場合が往々にしてあると思うんです。一歩先のライフスタイルみたいなものをちゃんとデザインしておいた中にはまるテクノロジーじゃないと、生活が苦しいものになってしまうような気がします。
朝トイレで用を足すことによって健康状態が分かるといったときに、わざわざ健康チェックのためにトイレに行かなきゃいけないみたいなことが義務化するとか、人間を支配するような動きになりかねないですよね。だから、常に先回りしたビジョンをちゃんと考えておかなきゃいけないということだと思うんです。いったんテクノロジーが関係ないところで、究極気持ちいい暮らしとか、究極気持ちいいピクニックの仕方とかを常に考えて、そこにテクノロジーをどう当てはめるかというふうに考えていかないと、結局どちらもほどほどのものになっちゃう。
普段の仕事でもそうですが、クライアントからのオファーありきで物事を考え始めると、その範疇でのぎりぎりのものにしかならない。でも日常のいろんな行為への究極アイデアを僕なりに考えておくと、あるオファーが来たときに、それにかぶせることができる。
視覚以外の、「五感」の二つ目は必ず用意しておく
藤田:視覚は人間の体感に強く影響を与えるけど、照明で視覚以外のところにアプローチする、例えばダイレクトに触覚にアプローチするわけではないけど、あたかも触ったような感じになるとか、他の聴覚的な何かとか、そこらへんで目がある方法論はありますか。
岡安:難しいなあ。ただ、少なくとも僕がミラノでやるようなインスタレーションとか、今回の春日大社の作品でもそうですけれど、五感のうちの二つ目は必ず何か見つけておかないといけないというのが常にありますね。特にインスタレーションの場合は、視覚だけというのはだめで、五感のうちの二つ目を必ずうまく組み込んでおかないと、感動にまではたどり着けない。
二つ目が何になるかというのはすごく重要で、建築家の谷尻誠さんとやったときだと、前室の床に段ボールのチップを敷ことで、足から感じる感覚をまず変えちゃう、ということを谷尻さんがデザインしました。その空間に入る前の心の準備みたいなことかもしれないんですが、五感のうちの視覚は当然僕がやるとして、その次の第二感、第三感をちゃんと意識してコントロールするというのをやらないとうまくいかないですね。毎回違うんですけどね。何をターゲットにするかというのは。

2010
Toshiba Milano Salone “Lucèste”
サポーズデザインオフィス
岡安:そこで見えているものが美しいプラス、つい考えてしまうという、頭を使いたくなってしまうような状況をちゃんと用意しておくと、五感のうちの触覚だとか味覚はコントロールしていなくても、十分に二つ目の感覚を揺さぶるものになるんじゃないかなとも思っていて、春日大社で今やっている作品に関して言うと、「信仰の場」として、自然に考えたくなっちゃうような状況を作品で用意している。考えるための誘導を、見た目の次に用意しているという感じです。
藤田:僕がプランニングで、どういうものに出合ってもらうかをデザインするときも、それがモチベーションをデザインするというところまで落ちていないと、刹那的というか消え物的になってしまう。考えさせるデザインという発想は、目ウロコです。岡安さんにも、難産だった仕事なんてありますか。

岡安:結局一番難産なのは、ただ普通の照明計画をして終わったものですね。思い悩んで苦しんで、苦しんだけど何もできませんでしたというのは、ただの照明計画になってしまうんですよね。
僕の仕事も多分半数ぐらいは実はそうなってしまっていて、何か価値のある提案を提供したいし、こういうことをやりたいと思ってもいたけど、予算がこれしかないとかの条件でできないとか、施主さんを説得しきれなくてグレードが下がってしまったりします。何でもないものをつくるということが一番苦しくて、出来上がりを見るのもつらい。
藤田:深いなあ。他の人の仕事で、「これはやられた」と感じたものってありますか。
岡安:僕は、デザインに興味があって始めたんじゃないので、あまり人の情報を知らない。多分、経験と知識のない中でやると、人と違うものができるということなんじゃないかな。下手に知らないのが、いい側に働いている可能性はありますね。
藤田:距離感は大事ですよね。普段の生活の中で、一番興味があることは何ですか。
岡安:何だろう。やっぱり光かな。光だったり、水だったり…。趣味ないんですよ、僕。普段何やっているかというと、隅田川の光の反射を見ていたりとか。なんかだめな人間なんです(笑)。何となく、いつも光を見ていたりします。雨の日の街灯をずっと見るとか。
藤田:まさに岡安さんにとって照明デザインは天職ですね! 今日は本当にありがとうございました。

岡安 泉
岡安泉照明設計事務所 照明デザイナー
1972年神奈川県生まれ。1994年日本大学農獣医学部卒業後、生物系特定産業技術研究推進機構、照明器具メーカーを経て、2005年岡安泉照明設計事務所を設立。 建築空間・商業空間の照明計画、照明器具のデザイン、インスタレーションなど光にまつわるすべてのデザインを国内外問わずおこなっている。 これまで青木淳「白い教会」、伊東豊雄「generative order-伊東 豊雄展」、隈研吾「浅草文化観光センター」、山本理顕「ナミックステクノコア」などの照明計画を手掛けるほかミラノサローネなどの展示会において多くのインスタレーションを手掛けている。

藤田 卓也
株式会社電通 イベント&スペース・デザイン局 プランナー(2016年当時)
2003年4月電通入社。入社以来、イベント・スペース関連部署に所属。 イベント・スペース領域に加え、マーケティング、クリエーティブ、プロモーションなど領域にとらわれないプランニングを実践。