DENTSU LIVE | 電通ライブ

まわり、まわって。Vol.4 阿部太一氏
『飲食店と編集の、まわり。』

  • August / 14 / 2023

ハロー、みんな。ライブちゃんだよ。
新しい感動づくりのヒントを見つけるため、広告やイベントからちょっと外れた「まわり」のヒトやモノやコトに出会う旅を続けています。

今回は、『飲食店と編集の、まわり。』を探ってみるよ!
ゲストは、編集者で飲食店オーナーの阿部太一さん!
第三回目のゲスト、伊藤徹也さんの“気になる「まわり」の人”です。

マガジンハウスの人気雑誌「anan」「BRUTUS」「Hanako」の編集者として活躍。2022年4月に会社を辞めて、フリーランスの編集者に。2023年5月には、実家のそば店「みよし屋」の屋号を引き継ぎ、タコス屋さんをはじめた異色の経歴の持ち主です。

「編集の仕事と飲食店という場づくりは、どこか似ている」と話す阿部さん。
どんな「まわり」が広がるのか、とっても楽しみ!
それでは、「まわり、まわって。」スタートです。

 

 

個人的な体験から憧れの編集者に。雑誌の枠を超えてブランディングにも携わる

 

――フリーランスの編集者とタコス屋さんの経営者という二足のわらじを履いている阿部さん。2002年に雑誌の編集者になるため、新卒でマガジンハウスに入社したとのこと。まずは、キャリアのスタートについて教えてください!なぜ編集者になりたいと思ったんですか?

阿部:子どもの頃から自分が雑誌に影響を受けていたからかな。僕、小学生のときにすごく太っていたのだけど、父親が買っていた「Tarzan」の情報を参考に痩せたんだよね。あとは、「POPEYE」「BRUTUS」も好きで、自分にとっての情報源はずっと雑誌。だから、雑誌の影響力は身に沁みて分かっていて、今度は作り手にまわりたいと思った。物心ついた頃には、出版社で働きたいと思っていたから、 出版社への就職を見越して大学に行きました。

阿部太一氏

 

――えーーー、早くから行きたい道が分かっていたなんて!出版社では、どんなお仕事をしていたんですか?

阿部:まずは、「anan」に配属されて、女性誌なので、編集者やライターのお姉さまたちに、編集の仕事をいちから教わりました。ある程度経験を積んで、最後の方は「anan」お馴染みのSEX特集を担当したことも。面白いことをしたいと思って、初めての袋とじを企画してみたり、アダルトビデオメーカーのソフト・オン・デマンドに協力してもらってオリジナルのDVDを付録にしてみたり。あと、写真家・小説家の藤代冥砂さんが書いた官能小説を、俳優の豊川悦司さんが朗読したCDを付録にしたこともありました。

――すごいアイデア~~~!雑誌編集者のお仕事って幅広いんだなぁ。ちなみに、僕のリサーチによると、阿部さんのラフはとびきり美しくて評判らしいですね!

阿部:え!誰に聞いたの!?(笑)でも、確かにラフにはこだわってます。編集者は企画の立案、取材先選定、スタッフのアサイン、デザイン、原稿の確認、誌面の色味チェックまで、一気通貫で見ている唯一の人。誌面で何をどう伝えようとしているのか、すべてを把握しているのは編集者だけだから、ラフをしっかり書かないと、1冊の雑誌で表現したいことを叶えられないと思っているよ。

僕は、「このスペースではこういうこと言いたいから、写真はこれぐらいの大きさで、文字量は600文字で」とかなり細かく決めたし、今もそう。そうじゃないとライターさんやカメラマンさんの頑張りが無駄になっちゃうと思うから。でも、第三回のゲストで、ライブちゃんがインタビューしていたカメラマンの伊藤徹也さんから、「イメージが固まり過ぎていて、なかなかシャッター押せないんだけど」って言われたことも。それでちょっと抽象的にしてみるとか、色々試行錯誤してみたこともあったかな(笑)。

阿部氏がHanakoの担当になりリニューアルを試みた1号目のラフ

 

――「BRUTUS」「Hanako」ではどのような仕事をされていたんですか?

阿部:「BRUTUS」では、自動車の特集を任されることが多かったかな。当時の編集長から「お前が車を買うまで、車担当な」って言われて(笑)。その年のベストカーを選ぶ「日本カー・オブ・ザ・イヤー」の実行委員を務めたこともあったのだけど、モータージャーナリストの方々と一緒に仕事をする機会があって、とても勉強になったね。

「Hanako」では、副編集長の役職だったので、管理の仕事が多かったです。退社の2年前くらいから、編集力生かして企業のブランディングや商品のプロデュースをする「Hanako Creative Label」に関わるように。雑誌の枠を飛び越えて仕事をする機会が増えました。

例えば、果物の生産から輸入販売を手掛けるユニフルーティージャパンから依頼された「バナナ」のプロデュース。無自覚に選んでいるバナナを、わざわざ選んでもらうバナナにするために、バナナをメディアに仕立てることに。名付けて「Banako」(笑)。バナナに貼ってあるシールを剥がすと現れる二次元コード経由でしか読めないメディアで、作家・吉本ばななさんの書下ろしエッセイを掲載しました。

参照:https://hanako.tokyo/learn/195496/

阿部氏が編集に携わった雑誌

 

 

40代からの飲食店挑戦。きっかけは両親との死別

 

――約20年、雑誌ひと筋だった阿部さんが、会社を辞めてフリーランスの編集者兼タコス屋さんのオーナーをはじめたのは、なぜだったのでしょう?

阿部:大きなきっかけは、2020年12月に父が、その3か月後に母が亡くなってしまったこと。両親が営んでいた実家のそば屋をどうするべきか、考えることになりました。

僕には8歳と13歳の子どもがいるのだけど、妻と共働きなので、両親に預けることもしばしばで。その存在が一気にいなくなってしまって、子どもとの距離感について考えることになったんだよね。もともと1階が店舗で、2階が住まいという環境に育ったので、学校から帰ってきたら誰かしらがいたから、せめて子どもたちが何かあったときにはすぐに寄り添える場所で働きたいと思ったんだ。

そば屋を続けることが最適だったのだけど、僕が職人になるとしても時間がかかるし、職人さんを雇ってもいつまでいてくれるか分からない。「すぐに」「長く」続けるためには僕の中では商売替えが必要だった。だから、ファストフードのように、オペレーションがシンプルな飲食店で、かつこの街にないものがいいなと。

タコスはその条件を満たしていたし、Netflixのドキュメンタリー「タコスのすべて」も人気で、何より僕自身がタコスを好きだったこともあったから。トルティーヤと挟む具材とサルサがあれば、タコスとして成立する。そんな寛容なところも魅力に映ったこともあるよね。

また、両親の弔問に来て下さった人たちの話を聞いていたら、両親が近所の人たちのメンターのような存在で話の聞き役として頼りにされていたことが分かって。僕がそうなれるかは分からないけど、近所の人たちの吐き出し口や誰かと誰かが繋がる場所になれればと思って、タコス屋としてリスタートすることに決めたんだよね。

 

――阿部さんの新たなキャリアのはじまりの背景には、そんな出来事があったのですね……。とはいえ、飲食というまったく違うフィールドへ踏み出すことに不安はなかったですか?

阿部:実は、ストレスなく、すんなりスタートを切れたかな。それはたぶん、「飲食店をつくろう」じゃなくて、「場を編集しよう」というメンタリティだったから。編集っていう観点に立つと、雑誌づくりも場づくりも、そんなに変わらないと思うよ。

僕自身、タコスの「みよし屋」をはじめるまで、料理は実家のそば屋の手伝いくらいしか経験がなかったから、料理ユニット「and recipe」の山田英季さんにレシピの考案やオペレーションの構築、厨房のレイアウトなどベーシックな部分をお願いして、店舗のリノベーションやインテリアは、僕の自宅もリノベーションしてもらった「スタジオA建築設計事務所」の内山章さんに頼みました。

あとは、アートディレクションはクリエイティブユニット「Bob Foundation」の朝倉洋美さんに、サインペイントは「Letter Boy」ことピーターに……と、これまで仕事やプライベートで繋がりのあるプロたちに協力してもらったよ。

僕の役割はラフをつくるのとあまり変わらなくて、「目指している世界観」をクリアにして、提示すること。そして、それぞれの人が持っている手法のうち、「この手法をつかってもらいたい」をお願いすることだったよね。

 

 

「命題を考え抜く」ことへのこだわりが、企画力と編集力に磨きをかける

 

――企画力や編集力は飲食店にも応用が利くんだなぁ。ちなみに、阿部さんが仕事でこだわっていることは何ですか?

 

阿部:企画がブレイクスルーするまで考え抜くこと。ある雑誌で、「理想の睡眠時間は?」という質問に対する色々な人の回答を載せていたんだけど、「7時間」や「一日中寝る」のような回答に紛れて、「寝ない」っていう回答があったんだよね。それ、すごい答えだなと思って。ひとつの命題に対して、真面目に考えるんじゃなくて、ちょっとずらしたレイヤーから考えているわけだよね。

「睡眠をとらないことが理想」の観点に立つと、睡眠の価値について改めて問うことに繋がる。編集ってそういうことだと思っていて。例えば食べ物を特集するにしても、飲食店じゃないところに組み合わせの答えがあるかもしれない。だから、色々な人の声を聞くことが大事だし、チームを組むにしても、ど真ん中の人ではなくて、ちょっと違う領域の人に加わってもらうことで、アウトプットが変わってくる可能性があるよね。

――なるほど~~~!そういうスキルって、人間ならではのクリエイティビティなのかなぁ。

阿部:そうだと思うよ。アルゴリズムだけでは、雰囲気はつくれないんじゃないかな。どこでも買えて、クオリティが変わらないカップラーメンも素晴らしいけど、毎日10食しか出さないけど、行列ができて、人の心を掴んで離さないラーメンもある。単純に売上だけでは測れない価値もあるはず…だと信じたい(笑)。

――僕が所属している電通ライブも、リアルの価値を生み出すお仕事をしている会社だから、とっても勉強になる~~~。

阿部:僕はリアルな空間が好きなのだけど、もはやリアルじゃなくてもよくなってきてることもたくさんあることは確かだよね。だからこそ、リアルな場所に集まる価値をちゃんと表現するための方法を考え抜く必要があると思っている。コンセプトがないと、いくらお金をかけてゴージャスな空間をつくっても空虚になってしまうから。心に残るイベントにするためには、やっぱりコンセプトを追求することが重要だと思うよ。

――阿部さんは、コンセプトを追求して、心に残るモノゴトを生み出す力を、どうやって鍛えていますか?

阿部:とにかく手を動かすことかな。思いついたことを何でも書き出してみることもそうだけど、手を動かしているうちにアイデアが浮かんだり、人に会うと新しい発想が出てきたりする。一人で散歩しながらグルグル考えてみることもあるし。何かしらの命題を与えられたら、それを解決するにはどうすればいいのか、色々な選択肢を考えるようにしていますね。それが、鍛えていることになっているのかも。

 

 

編集も飲食も仕事の領域が曖昧。「まわり」はあってないようなもの。

 

――編集力を軸に、色々なチャレンジを積み重ねている阿部さんにとっての「まわりの領域」って何でしょうか?

阿部:編集に関しては、まわりも中心もない気がするし、飲食店についても同じで、編集やデザインを行ったり来たり多動的なので、やっぱりまわりの定義が難しいんだよね……。今、クリエイティブグループ「Bob Foundation」と一緒に、「HIROO REDSOX」っているユニットを組んで、靴下などをリリースしているんだけど、それって中心がアパレルだったのか、グラフィックだったのか、よく分からない状況で(笑)。視点の置きどころ次第で、中心もズレてくるんじゃないかなって思います。

 

――なるほど~~~。じゃあ、「これは絶対に自分の領域じゃない領域」はありますか?

阿部:うーん、ゴシップとジャーナリズムかな。人の批判や評価に関連する仕事は、自分の領域じゃないと思ってる。もちろん批判や評価で世の中が良くなることもあるけど、僕にはそれをするだけの胆力がないし、それでご飯を食べたくないなって。エンタメの力で良くできればとは思うんだけどね。

 

――確かに、編集や記事という同じ括りでも、全然違う世界だもんね!では、最後に阿部さんが気になっている「まわりの人」を教えてください!

阿部:「Bob Foundation」の朝倉 洋美(あさくら ひろみ)さんは、グラフィックを紙やWEBに落とし込むだけではなくて、モノやイベントで表現しているので、とても面白いことをされていて、僕のデザインパートナーとして、常にまわりにいる人です。

あとは、野外映画館プロジェクト「逗子海岸映画祭」の主要スタッフの一人で、鎌倉でお惣菜屋さんを経営している瀬木 暁(せぎ さとる)くん。最近、長野県野尻湖のほとりに、自分で蒸溜所をつくって、スピリッツづくりを始めたらしくて、気になってるんだ。人とは違う、新しいことを生み出そうとしている人が、僕にとっての「まわりの人」であり、好奇心をくすぐられます。

 

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雑誌編集者や飲食店の経営者という、職種や肩書きにとらわれず、気持ちに正直に色々な仕事を手がけている阿部さん。とっても自然体で、だけど一つひとつの仕事にかけるプライドもしっかり持っていて、これを読んだみんなも勉強になる話がたくさんあったんじゃないかな~~~!!

次回はそんな阿部さんが気になる「まわり」を、巡っていきます。
楽しみにしててね。それでは、またね!


 

取材・編集協力/末吉陽子
撮影/小野奈那子
協力/タコス店「みよし屋」

阿部太一(あべ たいち)

編集者

1979年、香川県小豆島に生まれ、品川区中延で育つ。大学卒業後、2002年にマガジンハウスに入社。「anan」「BRUTUS」「Hanako」の3つの編集部でエディターとして活動した後、2022年4月に退社。両親で3代目、自身で4代目となる「みよし屋」の屋号を継いで、フリーランスとして編集者を続けながら、2023年5月10日タコス屋「みよし屋」をオープン。
Instagram: @tacoshop_miyoshiya

ライブちゃん

電通ライブ所属のインタビュアー/調査員

本名は、「ドキドキ・バックン・ウルルンパ2世」。電通ライブ所属のインタビュアー/調査員。心を動かす、新しい感動体験の「種」を探し求めている。聞き上手。感動すると耳らしきところが伸びて、ドリーミンな色に変色する。