2017/07/26
「物質」がコミュニケーションをつくる、真のマルチメディア世界:落合陽一(前編)
DENTSU LIVE | 電通ライブ
2021年10月1日にアラブ首長国連邦ドバイにて開幕した「2020年ドバイ国際博覧会」(以下、ドバイ万博)。
191カ国が参加するドバイ万博で、日本が出展する「日本館」の展示は「Where ideas meet アイディアの出会い」をテーマに、6つのシーンを通して日本が紡いできた「アイディアの出会い」を表現し、そこから新しい未来をつくる体験を創出しています。
今回の演出の背景にはどのようなアイディアの源流があり、どのようなアプローチで体験を設計していったのでしょうか?
演出を手がけたモンタージュのクリエイティブディレクター/ステージディレクター・落合正夫氏、総合プロデューサーの電通ライブ副社長執行役員・内藤純に、電通ライブの村山海優がインタビューを行いました。
村山:今回、日本館の演出をプロデュースするにあたって、どのような観点でテーマや表現を設定していったのでしょうか?
内藤:前回のミラノ万博のテーマは“食”。ある意味、日本らしさや日本の魅力を分かりやすく伝えられるコンテンツでしたよね。一方、ドバイ万博のテーマ「Connecting Minds, Creating the Future(心をつなぎ、未来を創る)」は、誰もが共感できる言葉ですが、テーマとしては非常に範囲が広く、抽象的です。これを日本館の展示として具体的にどう表現すべきかに悩みました。ただ、直感的に日本独自の季節感や自然観に「Connecting」のヒントがあるのではないかと感じ、そこから「アイディアの出会い」という切り口で落合さんをはじめとするクリエーターの皆さんと徐々にコンセプトを固めていきました。
落合:ヨーロッパの平原の国とも、中東の見渡す限り砂漠の国とも異なる、多様な自然環境が日本にはあります。それらの自然には八百万の神が宿ると考えられ、古来より多種多様な感性を受け入れる土壌が培われていたのだと思います。加えて、地理的には大陸の端にある島国で、外部から様々な文化が日本に流れ着き、それらをカスタマイズすることでユニークな文化を形成しました。まさしく、日本は「出会いの物語」と共に歩んでいった国。日本の「出会いの物語」を語ることで、「アイディアの出会い」の可能性を伝えられるのではないかと考えました。
村山:なるほど。ストーリーを伝える展示はもちろん、ひんやりとしたミストの霧や幻想的な映像もあいまって、日本の幽玄な世界に入り込んでいく感覚がありました。
内藤:来場者を物語の世界に誘うためには、いかに没入感を演出できるかが重要で、その没入感の鍵を握るのが「五感」です。そういった意味で、今回は映像表現に加えて、ミストに包み込まれる肌感覚や、音声ARで個別に聴覚に訴えるなど、重層的に五感が刺激し合うような、体験設計がマストであると考えました。
落合:音声ARは画期的なアイディアでしたよね。従来の国際的な展示はパネルを置いて英語のテキストで解説するか、非言語コミュニケーションで感覚に訴える手法がほとんどでしたが、今回は来場者一人ひとりの耳元で、その人が慣れ親しんだ言語を使って、こちらの意図するメッセージを働きかけることができた。その結果、体験の深度がより深まったのではないかと思います。
村山:今回、「アイディアの出会い」を表現する上で苦労したことは何でしょうか?
内藤:演出のゴール設定です。要するに、「その場で来場者がアイディアを出すのか、出さないのか?」ということ。実際に来場者がアイディアを出し合ってディスカッションする方向性も検討したのですが、それをやるなら展示よりもシンポジウムやセミナーなどの形式で実施したほうが建設的です。試行錯誤した結果、最終的に日本館の展示では「アイディアが出会うことの素晴らしさ」、「アイディアを出すことの大切さ」を伝えることにフォーカスしました。
村山:日本の「アイディアの出会い」を振り返るシーン1とシーン2の体験を通して、「アイディアが出会うって良いな」というマインドセットができるからこそ、その後のシーン6までの体験を自分ごととして捉えやすくなっているように感じました。
内藤:そこは落合さんの手腕ですよね。シーン2の構成を落合さんから頂いた時、いにしえから近代に至るまでの日本の歴史、そのすべてが“出会い”の文脈で緻密にプロットされていて驚きました。一個一個ファクトを用意して、時代考証的なことも含めて丁寧に紐解いていただいたので、非常に説得力のあるメッセージになりましたよね。
村山:個人的に好きな演出は、シーン5のクライマックスで空間全体がミストに包まれて真っ白になる場面です。あのアイディアはどのようにして生まれたのでしょうか?
落合:一人ひとりが多様性を保ちながらも調和していくことが世界の目指すべき方向性だと思うので、その調和を体験してもらいたいと考えていました。あのミストは端的に言うと、来場者同士を溶かして、空間と一体化させるようなイメージを描いたものです。
内藤:真っ白なミスト空間に包まれると、ゆっくりと視覚が消えていき、最後は自分以外全てがなくなってしまいます。すると不思議なことに、自分の中からみずみずしい活力が生まれるような感覚に包まれるんです。邪念がなくなるというか(笑)。
村山:分かります。だからこそ、耳元で囁かれるメッセージも心にストンと落ちるというか。とても心地良い体験だと思いました。
村山:今回の展示を通して、来場者に届けたいことを改めて教えていただけますか?
内藤:今回は日本ならではの季節感や自然観、文化性を細部まで突き詰めて表現していますが、そこまで押し付けがましくない演出にしていること自体が、ある意味日本らしさの一要素だと思っています。実は非常に情報量の多い展示なのですが、来場者一人ひとりの感性に委ねる“余白”があるので、それぞれ心が動いた場面や強く感じたことを持ち帰っていただけたら嬉しいですね。
落合:万博には、自国の最新テクノロジーを披露したり、未来に向けた活動をアピールする側面があると思います。ただ、今回は日本のことを紹介するだけでなく、日本が紡いできた物語から「アイディアの出会い」という普遍的な価値を導き出し、「あなたの国にもアイディアの出会いはありますよね。それを未来につなげていきませんか?」という謙虚な問いを発信しています。この問いかけが、少しでも視点を切り替えるきっかけになったり、次のアクションにつなげてもらえたら良いなって思います。
村山:今回の万博は、世界や日本にとってどんな意味を持っていたと思いますか?
内藤:コロナ禍で人と会うことが当たり前ではなくなった今こそ、「Connecting」とは何かをみんなで考えるドバイ万博は、非常に意義の大きなイベントですよね。今回は入場制限を設けて開催しているので、来場者数という単純な指標ではなく、より“質”が問われるようになっていると感じています。博覧会の“質”とは、やはりその場にいることでしか得られない価値であり、感性が磨かれるような体験だと思うんです。日本館は感性が研ぎ澄まされる演出をとことん追求しているので、それが多方面から非常に有り難い評価を頂けている理由なのかもしれません。
落合:世界的なパンデミックでいろいろなことが問い直されていますが、万博を開催する意義も改めて問われていると思いました。万博が、今後も人類が発展していくための叡智を集める場であるならば、大事なのは自国のアピールではなく、これからの未来に向けて私たちがアップデートすべきことや、なんのためにテクノロジーが存在するのかを問うことです。その意味において、日本館は今の時代にふさわしい展示になったのではないでしょうか。
内藤:次の「大阪・関西万博」につながる一つのメッセージが打ち出せたと思います。今回の「アイディアの出会い」が2025年にどのような体験を生み出すのか、また落合さんたちと一緒に考えていけたら光栄です。
株式会社モンタージュ
クリエイティブディレクター / ステージディレクター
1980年東京都生まれ。2000年株式会社モンタージュ入社。CGデザイナー、VFXディレクターを経て、映像作家、インスタレーションの演出家として活動。ミラノサローネ、CES、モーターショウ、ゲームショウなど、国内外の空間演出プロジェクトに参加。2016年〜2018年までミラノデザインウィークにおいてパナソニック株式会社のインスタレーションを演出、3年連続でミラノデザインアワード入賞を果たした。「空間に物語を」を心得に体験型の映像演出に取り組んでいる。
株式会社電通ライブ
副社長執行役員/2020年ドバイ国際博覧会 日本館総合プロデューサー
1985年電通入社。展示会、ショールーム、店舗開発、都市開発など、多くの実績を誇る。 愛・地球博トヨタグループ館総合プロデューサー、ミラノ万博日本館展示プロデューサーをはじめ、国際博覧会において数多くのパビリオンをプロデュース。スペース、映像、グラフィック、プロダクトなど幅広い領域でのクリエーター人脈とプロダクションネットワークを有する。 2017年1月にイベント・スペース領域の専門会社「電通ライブ」を創設。「リアルな体験価値の創造」を目的に、イベント・スペース領域の高度化、次世代化をはかる。
株式会社電通ライブ プロモーションプランナー/プロデューサー
1994年生まれ。2017年4月株式会社電通ライブ入社。演出企画から実施運営までのプロデュース業務を担当。大型スポーツイベント案件、外資・海外クライアント案件を経て、2019年より2020年ドバイ国際博覧会日本館の展示・広報ディレクターとして従事。「変化の起点となる体験づくり」を指針に、イベントやスペースをはじめとする体験デザインに取り組む。
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